u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

アウトプット

インプットよりアウトプットをというフレーズはいろんなところで耳にする。
知識偏重、詰め込みはいけない、自分を表現できるようになることが大切だということだろう。
でも、これはnot A but B(インプットではなくアウトプット)ではなく、not only A but B(インプットだけでなくアウトプットも)だということを押さえておかないと、とても乱暴な議論になるだろう。
中身が空っぽだとアウトプットはできない。こうやって駄文を毎日アウトプットするのは、ま、好きでやっているのだけれど、それでもある種修行のようなところがある。
そしてこんな駄文のアウトプットであっても、インプットとアウトプットは表裏一体で、どちらか一方を選択するといったものじゃないことを実感するようになった。

「インプットよりアウトプット」的な議論は、「個性」「自分らしさ」そして「自分探し」といったワードと相性がいいように思う。
「あなたらしさ」ははじめからあなたに備わっている。あなた自身が気づいていない「あなたらしさ」に気づきそれを発揮すれば、周りの人はあなたを認めてくれます。
つまり、自分らしさは最初から備わっているから、それを見つけさえすれば、あとはそれを表現(express(外に出す=アウトプット))するだけという理屈というかフィクション。
これが正しいとすると、たしかにインプットよりも大切なのはアウトプット。最初から備わり、決して損なわれることのない「自分らしさ」さえ見失わなければ、いつでもアウトプットは可能だということになる。
でも現実は違う。「自分らしさ」というものがあったとしても、それは性向、気質であって、それも様々な経験(インプット)によって変わりうるものだろう。それにアウトプットには技術(テクニック)的な側面があり、他の人の表現(アウトプット)を真似ることにより身につけていく、それ自体が長期間にわたるインプット作業によって獲得するものでもある。
さあ表現だ、だと急かしてうまくいく相手もいれば、そうではない相手もいる。アウトプットを促すよりは、インプットのバリエーションを増やす努力の方が効果的なんじゃないかと思う。