u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

物語と教養

一昨日の続き。
読みかけの本によると、エドゥアール・マネ(1832-1883)の革新性は、「マネとともに絵画は寓話的であることをやめ」た点にあるのだという。
このような解説自体が物語的で、マネを絵画史という物語に登場するヒーローのひとりとして見るならば、マネの絵そのものに寓話的なところはなくても、「マネの絵」を寓話の1シーンとして追体験することになるんじゃないかと思う。
これは別にいけないことではなくて、偉人であれ凡人であれ、他者とその他者の手によるものは、どんなものでも初めは物語として受け入れられるんじゃないか。
物語として受けれられたものが物語のままで終わるならば、その物語はせいぜい「教養」にとどまる。

いまでもあるのか知らないが、ちびまる子ちゃんの主題歌で「エジソンはえらい人、そんなの常識」という歌詞があった。歴史という物語で語られるのは、まさにこの歌詞のとおりで、出てくる人たちは出てくるというだけで「えらい人」なのであって、えらい人の名前とその人にまつわる豆知識を覚えることが悲観的(皮肉的)な意味での「教養」というもんなんだと思う。