u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

シチューの例え

文化はスープやシチューに例えられることが多い。ニューオリンズのガンボやブラジルのフェイジョアーダなんかが楽曲の題材になっていることも文化と煮込みの近しい関係を表しているように思う。みそ汁の歌というのは知らないけど探せばきっとあるだろう。

今朝、電車の中で昔よく聴いたLed Zeppelinのアルバムを聴きながら、ふと文化と同じように一人の人間もまたシチューのようなものじゃないかなという考えが頭をよぎった。何百回と聴いたTangerineを聴いていたら、ふいにかつての感覚がよみがえってきたからだ。

いつ・どこでという具体的な記憶ではなくて、匂いをかいだ時のような湧き上がるもしくはかすめる感覚。

それがちょうどシチューをかき混ぜている状態に近いんじゃないかと思って「文化だけでなく一人の人間も」と考えた次第。

おいしいシチューにするには、時々鍋の底からゆっくりとかき混ぜないといけないだろう。

それと同じように一人の人間も、その日、その時の感情だけで過ごすのではなくて、時に遠い記憶や感覚を呼び起こして心全体をかき混ぜてやることが大切なんじゃないか。音楽や小説には、ある国や地域や民族の文化の要素であるばかりでなく、一人の人間の心をゆっくり大きくをかき混ぜる力があるんだろう。