u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

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リモートでのアンサンブルやコラボレーションが話題になっている。手法自体は新しいとも言えないだろうが、どこでも・誰でもというところで、3.11の時でいう「絆」的な訴求力があるんだろう。

耳なじみという意味では、「どこでも・誰でも」よりも「いつでも・誰でも」の方がすっと入ってくる。時間に縛られている意識が強いと「いつでも」というフレーズがアピールする。場所に縛られている意識が強い時には「どこでも」というフレーズの訴求力が増すということかもしれない。

今は、場所(家)に縛られているという意識が高まっているから、「どこにいても繋がることができる」といった類のメッセージがうけるのだろう。「誰でも」の方はどうだろう。わけ隔てなく誰でもという意味では美しい発想かもしれないが、互いに交換可能な個という意味がまったくないとは言えない。「みんなとつながる」という発想にはどこか疎外の意味合いが含まれていると感じるのは、そういうこともあるのかもしれない。

なんてことを考えている自分は、絶対にリモートのアンサンブルとかしない。