u1row's blog

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『ニコライの見た幕末日本/ニコライ・中村健之介訳』読了

ニコライ堂で知られる、日本に正教を伝えたニコライの手記。1969年にロシアに一時帰国した際に現地の雑誌に掲載されたものらしい。

前半は、日本人の宗教観を説明するのに古事記に始まり、神道、仏教、儒教の概要に触れ、それぞれが日本人の精神性にどういう影響を与えたかを考察する。

後半は、当時最新の社会情勢として大政奉還から箱館戦争あたりまでの説明と、キリスト教への新政府の姿勢などが書かれている。

新政府が始まったばかりの時期に書かれたものだという点、外国人の視点で書かれたものだという点、単に政治的な動向や社会情勢を観察したものではなく日本人の精神性を分析しようと試みている点、の3つの点でとても興味深かった。

ニコライという人は、1969年の帰国までは函館に居て布教活動を行ったそうだが、一方的に正教を語るのでなく、日本語の学習に努めながら日本人の習俗や宗教観に積極的に親しもうとした人だそうだ。

門徒宗の寺で他力についての説教を聴いているうちに、「ふと我を忘れて、キリスト教の説教を聴いているような気がしてくる」と述べている。

儒教についても鋭いなと思ったのは、儒教が教えてくれるのは道徳概念と市民的美徳の規範についてであって、それと同じくらい大切な至高者について、人間の使命については教えてくれないと述べている。

儒学者にそのような問いを投げた時に返ってくるのは「地上のことも知らないのに、天上のことを語って何の益があろうか」といったどっちつかずの返答だろうと言っている。

日本の社会で政教分離が問題はあるにせよ比較的うまく運用される背景には、儒教的な感性が、特に教育を通じて浸透していることがあるのだろう。ただそのせいで、ニコライが言うところの至高の存在や自身の使命については、はじめから問いの対象外になっているという風にも言えそうだ。

あとは、新政府がキリスト教を「邪宗」と呼んで禁じた際に、諸外国から抗議を受けた途端右往左往しながら対応に追われたさまは、150年経った今もあまり変わらないなぁと、ここにも日本らしさを感じた。