u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

Resolutionの一歩手前

今年のResolution(抱負)を考えながら思ったこと。
「ex(外へ)+press(押し出す)」という語源のとおり、言語化は表明することとセットなのかもしれないが、生半可な言語化はむしろ表出しない方がいいかもしれない。
自分は元来、言葉を信じる信じない以前に、言葉にすることも言葉を読み聞きすることすらも苦手だったのに、下手に毎日文字を書いているとあたかも自分の考えの大半を言語化できるように錯覚してしまいがちなのではないか。
これは、ある意味この年代のワナかもしれない。昔、40代、50代の先輩たちに感じた敬意と鬱陶さの入り混じった感情は、いま自分に向けられてもおかしくない。
少しだけ長く生きている分だけ若者よりも多少うまくヒトや状況を言語化することができる。
言葉をある程度操れるようになった子どもが持つ万能感と似たようなものが、40〜50代にもあるのかもしれない。
実生活を言語化できることによる万能感。
これが、語彙を増やし表現力を磨くことによって、つまり言語化のレベルアップによって獲得する感覚であればまだしも、実生活の方を縮小する、つまり生活を自分の語彙と表現力のレベルに合わせることによって得られる感覚ならば、この万能感は完全に錯誤だ。
言語化できないものを切り捨て、自分の視界から追い出してしまえば目に映るあらゆる物事を言語化できるのは当たり前だが、「経験」や「論理」に頼る人にそういうワナに陥ってしまう人が多いように思う。
言語化=ことばにすること」をますます求められるつつある今日この頃、言語化できないモヤモヤした感情を大きくなっても忘れまいと思った10歳前後の頃の気持ちを忘れないようにしたい。
ということで今日のところは、Resolutionの一歩手前。