u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

某説明会雑感

高校受験を控える娘を連れて(というよりは後について)、高校合同説明会というのに出かけた。
ウチから通えそうな公私立の高校が40近く集まって各ブースで説明する催し。
県内の高校は割とよく知っている方だと思うが、実際にそれぞれの学校の先生や生徒が話すのを聞いたり展示しているものを見たりすると、ぜんぜん印象が違って感じられるから不思議だ。
あと、妻や娘がある学校の制服が変わったことを話をしているのを聞くと、たかが制服でなんでそのテンションなのか全く理解できず、男女差なのか、ある部分に対する自分の感受性の欠如なのか、一生埋まりそうにないギャップを感じた。

子どもたちの未来について話すときに、AIの話をするのは定番なんだろう。掴みでAIの話は必ず出てくる。そして、アクティブ・ラーニング、英語教育、プログラミング・・・。
プログラミングについての個人的な考えとしては、これはきっと英語、数学に続く「共通言語」としての重要性に意味があるのだと思う。
したがって、共通言語を学ぶ・教えるからには、ローカルでしか通用しない手法や様式は避けるべきだと思う。それがある局面ではどんなに優れていたとしても、普遍性という観点で大きく価値を損なうだろうと思うからだ。

何の話をしているのかというと、プログラミング教育をアピールしているブースで、カタカナや全角数字でコードを書いて動かすゲームか何かを紹介しているところがあった。
そもそも英語教育も推しているのなら、プログラミングも英語で書くように教えた方が効率がいいし、共通語としての意味も損なわずに済むのにと思った、、、という話。
ゲーミフィケーション」という言葉の怪しさもこのあたりにある。
目の前にアメ玉を出現させることに拘るあまり、その場・その時にしか通用しない手段に頼ってしまう。
「君たちの将来はAIが、、、だからコミュニケーション能力が、、、」と語るのは別に間違いではないだろうが、
コトの成り立ちや本質を見つめることなしに、カレント・ローカル知識を植え付けても、身につくのはゲームのスキルと、チャット能力くらいなのでは。

ある私立の女子校で、マナーの講習に力を入れていることをアピールしている学校があった。
アクティブ・ラーニングの話も、プログラミングの話もなく、マナーを身につけると一生に役に立つと説明されていたのは、とても説得力があった。
上から降ってきた言葉ではなくて、自分たちの言葉で話す誠実さが光っていた。
ま、受験をする当の本人は何をどう思っているかは、まったく別の話だが、、、