u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

目先のことに真面目

この春、子どもが中3になる。
中2の後半あたりから、学校や周りがやたらと受験を意識させる雰囲気を出すようになってきた。
自分も妻も高校受験がなかったので正直よくわからないが、娘は生真面目なタイプで、その空気を敏感に感じとっているようだ。
真面目に将来のことを考えて、真面目に悩むのはいいことだが、いまのところの印象としては、真面目に目先の成績や内申点について悩んでいるといった感じだ。

それにしても内申点というのは、本当によくわからない。
絶対評価だというのだから、本人が真面目に取り組んでいれば全員「5」をつけてあげればいいと思うのだが、それはいけないらしい。
結局定期テストの点数の優劣で、4、3、2と序列をつける。
ならば定期テストの素点をそのまま評価にすれば良いものを、通常の授業態度やら何やらが加算or減算されるものだから、結果は先生の印象評価ということになる。
うちの子は、一貫して中の上。悪くはないがめちゃめちゃ良いわけでもない。

せっかく真面目に「目先のこと」を考えるようになったのだから、うまく目先の目標を達成できればいいのだが、
内申点の仕組みからして、個人的な努力と結果のあいだに謎の方程式が挟まっているので、どうしてもアホらしいと感じてしまう。
この謎の方程式の仕組みを推察するに、どうも子どもたちの様々な側面を「30センチ定規」で測ろうとしているような感じがする。
30センチ定規で測れるのは30cm以下のものだけだ。それなのに、50cmも1mも1kmも全部30cm定規で測ろうとする。
頑張って実測するのならまだいいが、30cmを超えたものをみんな30cm以内に収まるようにねじ曲げたり圧し潰したりしているのではという疑念もなくはない。

ま、こういう個人的な疑念は言っても仕方ないことで、本人ら子どもたちはその中で揉まれてやっていくしかないのだから、ただただ応援するだけだ。
そんな中で、その真面目さを「目先のこと」を超えて、より「普遍的なものやこと」を考えるのに充てる時間を増やしてくれるといいのになと思う。