u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

過の免疫と無の免疫

することが何もなくて悩むよりも、することがあり過ぎて悩む方がずっとマシだと思いつつ、
ふと「人間は生物学的に、飢餓への備えについては複数のチャンネルを持つが、肥満への備えは1つしか持たない」という話を思い出した。
人類の歴史において飢餓を乗り切らなくてはならない場面はいくらでもあったが、食べ過ぎの心配をしなければならなかった時代は現代をおいて他にない。
そのため肥満を制御するリミッターは簡単に突破されてしまうのだとか。

では、「することが何もない」「することがあり過ぎる」についてはどうだろうか。
これを心の飢餓、心の過食と置き換えて、身体と同様と言えるだろうか?
「食べられるだけでもありがたいと思わないと」という通念と同様、「することがあるだけでもありがたいと思わないと」という通念があるというだけでも、ある程度の類似性はあると言えるかもしれない。
肥満は自己管理の問題と考えられやすいが、実はそもそも身体の制御機能が脆弱であるように、「することがあり過ぎる」についても個人のタスク管理の問題で片付けられがちだが、実は「あり過ぎる」ことへの心の免疫は脆弱なんじゃないか。

こんな風に書くと「することがあり過ぎて」困っているのかと思われるかもしれないが、本当に困っていたらのんきにこんな文章を書いていないだろう。