u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

『なぜ○○は××なのか』というタイトル

『なぜ○○は××なのか』というタイトルの本をよく目にする。
「なぜ日本人は〜なのか」「なぜ部下は〜なのか」「なぜ男は〜なのか」などなど。
このパターンが多いなと気になりはじめてから、この手の本は読まないことにした。
中身は読んでみないとわからないのだが、これをタイトルにするセンスに馴染めないからだ。
「なぜ○○は××なのか」という問いは、「○○は××である」ことが周知であることを前提とする。
ところが、この手の本は「○○は××である」ということが認知されていないことを承知で、あえて「なぜ○○は××なのか」というタイトルにすることによって、これを認知させよう、あるいは既成事実化しようとするあざとさが透けて見える。「なぜ?」と問いかければ、相手は考え、行動するものだという浅知恵にやすやすと乗りたくはない。
たしかに「なぜ?」という問いは人の行動の根っこ付近にあるものなのかもしれないが、その問いは他人から突きつけられたものでなく、自分の中から生まれてくるものだろう。

ということで、こう問いたい。
「なぜ人は『なぜ○○は××なのか』というタイトルに乗せられるのか」
これで本を書いたら売れるかな・・・