u1row's blog

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『クアトロ・ラガッツィ(上)/ 若桑みどり』読了

イエズス会の巡察師ヴァリニャーノが企画・実施した天正少年使節。上巻は、その派遣に至るまでの経緯や背景と使節が海を渡りフェリペ2世に謁見するところまで。
さまざまな文献を丹念に調査しまとめたもので、「引用、解説、考察」という構成はまるで研究論文のようだが、文章や構成の堅苦しさを超えて伝わってくる著者の熱情に促されて一気に読み終えた。

「断るまでもなく私はキリスト教徒でもないし、個人的にはこの宗旨の味方をしているのでもない。しかし、弁護士であるとするならば、私はよろこんでヴァリニャーノ個人の弁護に立つ。私は彼の差別感のない布教方針を評価し、彼が日本文化を尊敬し、日本の少年を尊敬したことを評価している。彼の人間性を信じているのだ。弁護士である以上、私は彼の無罪を証明したいと思っている。私は一枚の資料よりも、その人間の行為や言動の総合によって判断する。早い話がラモンのひと言よりも、ヴァリニャーノが三十三年間アジアと日本でやったことを信じるのだ。証拠?人間よりも一枚の紙や一個の印鑑を信じるのが歴史家ならば、私は歴史家ではないことに確信をもっている。資料ではなく、人間を読む歴史家だと言い替えてもいい。」

天正少年使節には、4人の少年の出自や使節に持たせた文書についてさまざまな疑義があるそうで、そのため使節そのものをいかがわしいものとする説があるらしい。
そういった説は、ヴァリニャーノを個人的にこころよく思っていなかったと思われるペドロ・ラモンの告発文書や、イエズス会と対立する宗派フランシスコ会から出た異議に基づいているそうだが、上記はそれらの告発や異議にも関わらず、著者はヴァリニャーノの実行した天正少年使節の意義や正統性を信じる、という意思を表明した一文。
文書や構成のかたさにも関わらず作品自体がいかめしくないのは、この一文に現れる著者の熱情のためなのかと思った。