u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

平和とは

内に矛盾を抱えられないのは弱さや度量の狭さの表れだと思う。でも現実には、矛盾は常に解消されることが望まれ、直情径行の振る舞いが毅然とした強さと賞賛される。
堪え性がないだけじゃないか?

不協和音は、いつも協和音に解決することを望まれる。でも、不協和音を解決するのは非常に簡単なことだ。ドミソを弾(はじ)けばいいのだから、いつでも誰にでも出来ることだ。協和音の快感は、それを弾(はじ)くことで切り捨てられたあらゆる音を忘れさせる。つまり、矛盾を解消する快感は、「切り捨てる快感」であることをよく考えないといけない。

平和というのは、矛盾が解消された時に得られるものなのか?
それは単に、自分がたまたま切り捨てられる側ではなかったという前提条件に、切り捨てられたモノに目を閉ざすことができる感受性の鈍化が重なった場合に瞬間的に味わわれる多幸感のことを言っているだけじゃないか。