u1row's blog

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国難とは

米大統領が、ニジェール武装勢力の襲撃を受けて亡くなった兵士の遺族に「本人はどんな任務かわかっていたはず」と話して非難されているという。つまり「死ぬ可能性があることはハナからわかってたことだろう」と。
彼がこういう人間であることは「ハナからわかっていたこと」だが、それにしても自国民の犠牲者に対してすらこの態度とは。

彼は北朝鮮に対する軍事行動というオプションを示唆しているが、これによって韓国や日本に犠牲者が出たとしても、間違いなく「ある程度の犠牲は最初からわかっていたはずだ」と切り捨てるだろう。
自国民に対してすら「1人の犠牲者も出すまい」という意志がないのだから、日本人がどれだけ犠牲を払おうと知ったこっちゃないというのが本音だろう。
そんな彼に、ウチの首相はどこの国よりも早く「追随します」と表明し、どこの国よりも強く「足並みを揃えましょう」とアピールしている。多分、向こう側の彼と同様、こっちの彼も「1人の犠牲も出さない」というのが最優先ではない。彼らの関心は、国内外を問わず「パワーゲームに負けない」ことだろう。

国難」というあいまいな言葉で不安を煽りつつ本質をボカしているが、彼らの言う「国難」とは「自分がパワーゲームに敗れること」を言うのであって、「自国民に犠牲を払わせること」は国難とは思っていない。
これって、すでに「国難」じゃないか。