u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

個の役割

結核による死亡率は、結核に効く薬の開発(20世紀半ば)よりもはるかに前、コッホが結核菌を発見した(1882年)よりもさらに前から、直線的に低下していたらしい。つまり、近代医学の技術革新と無関係に死亡率は下がっていたのだという。
今日の日本でのうつ病患者の急増は1999年を境にしていて、これは抗うつ剤新薬の販売開始時期と一致しているのだそうだ。つまり、新薬が出ると患者が増えたのだという。
近現代医療はその手柄を誇張し、また人為的に患者を創出している、なんて意地悪な見方もできるが、たぶんそういうことではないだろう。
「近現代医療」という一個の意志、人格があるわけではない。「ある」のはそれに関わる人間(患者も含む)の総意、総体だ。裏で操る黒幕や秘密結社といったフィクションは、総意や総体に一個の人格を重ねて、単純化されたモデルとして理解したいという願望が生み出すものじゃないかと思う。総意や総体は人格ではない。ただ一人ひとりが、その時々の環境の影響下で持った意志や願望が集積すると、そこに偏り、傾向が生じる。その偏り、傾向が何か意志を持ってなされたもののように見えるということなんじゃないか。
ヒッグス粒子の話を思い出した。パーティ会場に有名人が来ると、会場の人間が有名人を取り囲む。取り囲まれた有名人は身動きを制限される。この動きの鈍さが「質量」で、これがモノに質量が備わったメカニズムなのだという。つまり、会場の人たち(ヒッグス粒子)が、有名人(モノ)に、質量を与えたのだと。
うつ病患者の急増は、一部の医者が生み出したものではなく、同じ社会に暮らす全ての人たちの願望の偏りに過ぎない。その偏りを正すかどうかは同じ人たちの意志による。
きなくさい世の中の動きは、どこかの誰か(黒幕)の意志によってではなく、ヒッグス粒子たる一人ひとりの願望の集積によって生じるものじゃないか。