u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

ナゾナゾ化

車内広告に某マルチタレントの絵本展の宣伝広告があった。キャッチフレーズが「リアル謎解きゲーム」。
絵本のストーリーとは別に、イベント用に謎解きゲームが用意されてるということだろうか?
実際のところはその展覧会に行ってみないとわからないが、お客さんを呼び寄せる演出であることに違いはないだろう。

絵であれ、音楽であれ、何であれ、作品と呼ばれるものを「謎解きゲーム」でパッケージ化する手法には一長一短、功罪両面あると思うが、あまりにも何でもかんでも「謎解きゲーム」化され、この手法自体が陳腐化すると、「短」と「罪」しか見出せなくなるだろう。
作品を「謎解きゲーム」として見せることの狙いは、より分かりやすく、呑み込みやすく、よりキャッチーなものとして提供することだろう。それは同時に、作品を消費財として見せることでもあり、本来の魅力が発揮される前に食い潰される可能性を孕む。
食い潰される程度の魅力しかないのなら、とっとと食い潰されればいいとも言えるが、そもそもそういった見せ方に適さないものもあるように思う。

「謎解きゲーム」化は、見せる側の演出であるとともに、鑑賞する側の咀嚼力の弱体化によるものでもあるかもしれない。
お膳立てされた謎には反応するが、謎を自分で設定することはしない(できない)。問いには答えても、問いを立てることはしない(できない)。
どこかの誰かが生み出したもの(作品)は、その存在自体が、他人にとっては「謎」めいたものなのであり、作品に向き合うというのは、何だかよくわからないものを、わからないままにとりあえず飲み込んで、そのあと自分自身の中で問いを立て噛み砕いていくということなんだと思う。たぶんひと言でいうと「批評」もしくは「批判」なのかな?
多くの人が、批判精神を持って批評することをしなくなると、きっとあらゆるものがナゾナゾ化するだろう。
某マルチタレントにアンチの感情は全くないので申し訳ないが、こんなことを考えながら広告を眺めていた。