u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

カエターノ・ヴエローゾの"Livro"を聴く

久しぶりにカエターノ・ヴエローゾの"Livro"を聴く。
今どき、あらゆる曲、あらゆるアーティストが細断されシャッフルされて、アラカルトの選択肢が無限に与えられている時代に、14曲のフルアルバムを通しで聴こうというのは、世の中的にはレアな行為かもしれない。
しかも、このアルバムは14曲の曲調がそれぞれ個性的で、個別に独立した曲の集まりだ。
それを通しで聴こうとする、その心は?
たしかに曲調は多様で、それぞれが独立した曲ばかりだが、決して「寄せ集め」ではない。個々が独立しているのに、全体としての一貫性は損なわれていない。アルバムを通して聴いていると、徐々に高まる「ある感覚」がある。強いて言葉にするなら「豊かさ(richness)」かな。
きっと、文化的な奥深さと言葉の響きの美しさが「豊かさ」を醸成するのだろう。「文化と言葉の響きが通奏低音として流れるアルバム」とまとめられるかもしれない。
考えてみたら、アルバム単位で聴こうと思うのは、大抵この定義に当てはまっているような気がする。