u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

『神様ゲーム / 麻耶雄嵩』読了

「え、何それ!?」って終わり方。
なんでやろ?

「神様はまちがえない」とすると、事件の真相は説明されていないから、読者が自分で筋を考えることになる。
で、考えたところで、それが合っているのかどうか答え合わせできないのでモヤモヤ感が残る。
「神様がまちがえることもある or ラストシーンは神様のわざではなく偶然発生した事象である」とすると、この小説の設定に乗っかって読んでるのに最後だけそれはないんとちゃう?
という、やっぱりモヤモヤ感が残る。

中学の時に学校で配られた数学の問題集に、答えしか載ってなくてすごくイライラさせられたのを思い出した。
自分の答えが正解と違っている時に、まずは「解答が正しくて、自分が間違っている」と考える。
そこで、なんでその答えになるのか自分なりに正解への道筋をつけてみるが、結局それが合っているのかどうかわからない。
「いや、そもそも答えが間違っているんじゃないの?」とも思うが、それを言ったら自分の負けのような気がする。
この感覚と同じじゃないかな。

「正解だけ載っている問題集のような小説」
いや、
「正解と誤答解説が載っている問題集のような小説」
いや、
「正解かもしれない解説のない解答と、それとは別の正解かもしれない解説付きの解答が載っている問題集のような小説」
だった。