u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

「一般人」とは

「一般人」という言葉は、使い方によって差別的な臭いする言葉になるように思う。
差別語というのは、なにも相手を卑しめたり貶めたりする言葉のことだけを言うのではない。
マジョリティの側を表す言葉をあえて明示することで、そこに属さないマイノリティの存在を浮き上がらせて排除するのも差別の常套手段ではないか。

「一般人」という言葉は、マジョリティの別名だ。
マジョリティの境界線を明確にすることの怖さは、境界線の外側にいる者(マイノリティ)の排除と、マジョリティの側に属すると表明させることによる心の支配だろう。
「あなたは一般人ですか?」という問いは、「はい」と答えない(答えられない)者を排除するだけでなく、「私は一般人です」と答える者には「やましさ」や「後ろめたさ」を感じさせる(もちろん何も感じない者もいる、というか、それが「マジョリティ」だろう)。
権力の側が「一般人は大丈夫」と言って安心させようとする姿、そう言えば安心すると思っている感覚を不快に思う。