u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

脱思春期

たまたま2冊続けて精神科医著作を読んだせいか、「思春期」という言葉が頭の中を占拠している。頭を巡るのは、ひとつは思春期を迎えつつある子どものこと、もうひとつはいつどうやってその時期を脱したのかわからない自分自身のこと。
あんなにも自分自身のことで思い悩み、自分がユニークであるかどうかを問いながら、そういう悩みに埋没すること自体が、極め典型的な青年であるという、今となってはその「いかにも」さが可笑しくも感じられる。

一方で「お前は変わっとうなぁ(「〜とう」は神戸の方言)」と言われる度に胸に痛みを感じたのは何だったんだろう。ユニークでありたいと望みながら、「変わり者」という親の評価に罪悪感めいた感情を覚えた。

ひょっとしたら、「変わっとうなぁ」という言葉に痛みを覚えなくなったことが、思春期を脱して大人になった証なのかも。
では、どうして「変わり者」という評価に胸が痛まなくなったのか。
それは、自分でも「たしかにちょっと変かもしれん」と思うようになったからだろう(笑)

表層での自己否定は成長の原動力になりうるが、それは深層で自分を肯定できていることが前提だ。
「自分はたしかにちょっと変だ」というのは、深層での自己肯定であり、他でもない自己のユニークネスの獲得だった。「変な自己の受容」、やっばりこれがオレにとつての脱思春期の証だったのかなぁ。