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u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

某駅にて

電車遅延でごった返す某駅。階段の上からぼーっと人波を眺める。個体レベルでは、動きの速さも方向もまちまちでランダムな動きをしているが、全体をひとつのかたまりとして見ると改札の方向へ一定の速度で進んでいるように見える。
どうせ電車は遅れているからと、しばらくその様子を観察しながら、社会、組織の縮図のようだなと考えていた。
個人個人は自由に振る舞っているつもりでも、こんな風に構造やシステムによって方向づけられているんだなぁ。
本当に自由だと言えるのは、構造やシステムと切り離された生活を送ることか、それとも、どういう制約を受けているのか、構造やシステムについて理解して振る舞うことか、どちらだろう。
制約のない自由と、制約があるからこそ感じられる自由。より魅力的なのは?
そう言えば、あくまで個人的な好みの話だが、フリージャズはつまらないので聴かない。構造やシステムを否定すると創造の楽しみは無くなるんじゃないかなと思う。
刹那的で偶発的な事態の発生を待ち望む、そういうのは好みじゃない。
などと考えながら、自分も人波の一部となって、やっと電車に乗った。