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u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

倫理観は養えない

読みかけの本に「音楽教育を通じて倫理観を養うことに主眼が置かれている」というような一節があった。
これにとても抵抗を感じて、ページを繰る手が止まってしまった。
「音楽教育が感受性を育む」とかなんとか言いたかったのだろうが、言葉の選択を間違ったにしても「倫理観を養う」というのはヒドイ。
ま、たしかに「音楽を通じて」ではなく「音楽教育を通じて」だから、「教育を通じて倫理観を養う」と読めば理解できなくもない。
しかし、その場合でも、教育の名の下に音楽をダシにして倫理観を養うのかと考えるとやっぱり腹がたつ。

音楽にしろ、文学にしろ、その他の創作もみな、はじめから善や正義と結びつけて語られるべきじゃない。
創作者が「善」や「正義」をテーマに創作した場合に限ってそれを論じても構わないが、生み出されたものそれ自体が「善」であるとか「正義」であるというようなことは絶対にない。
生み出されたものは、少なくとも創作者にとっては常に「美」であるかというのは議論する余地があるかもしれない。

音楽教育がどうしても必要だと仮定して、それをもって何を教えるべきか。
個人的な考えでは「創作の衝動」がもっとも伝えられるべきテーマじゃないかと思う。
「衝動」は、「原動力(エネルギー)」と言い換えてもいいかもしれない。さらにその「衝動」は洗練に向かう衝動と、破壊に向かう衝動に分けられる。
創作者が持つこういった衝動は、きっと創作に携わらない人でも、スポーツにしろ、日常の様々な活動にしろ、どこか通じるものを感じられるだろう。
だからテーマにする価値がある。
多くの人が共有するもの、でも決して誰のものでものないもの、どの時代・場所にも共通するもの、でもその時代・場所にしか生まれないもの、
こういったことについて語るならば、音楽教育にも意味があるだろうなと思う。