u1row's blog

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『本物の英語力 / 鳥飼玖美子』読了

英語の多様性は「アメリカ英語、イギリス英語、フランス人の英語、日本人の英語・・・」というのではなく、「科学者の英語、スポーツ選手の英語、海外駐在に必要な英語・・・」と「自分の人生にとって、自分の仕事にとって、どのような英語が必要か」で語られるものだということが示唆されていて興味深かった。
ノーベル物理学賞益川敏英氏は「全員に4技能(読む・聞く・話す・書く)を課すのはどうかな。自分は「読む」の1技能のみ、それも物理の世界だったら行間までよめるが、小説はチンプンカンプン」と語っているという。
たしかに、そう言われると大切なのは「技能」ではなく「内容」だなと思う。
「スキルより内容」という指導法・学習法は現にあるそうで、これまでの英語教育の変遷についての話もとても興味深かった。
「文法訳読(理屈と精読重視)」→「オーディオリンガルメソッド(理屈軽視、パターン練習)」→「コミュニカティブアプローチ(正確性より流暢性)」→「文法・訳読の見直し」 
と一周まわって文法・訳読の重要性が再認識されつつある今日この頃だという。でも、どの学習が良いとか悪いではなく、自分に何が必要なのか、どの方法ならば目的を達成できるまで継続できるか、というところに落ち着くのだろう。
合理性やら効率性やらだけで築かれたシステムやらメソッドは、万人に共有されうるが、誰のものでもないツルンと取っ掛かりのないものにしかならないということか。
この本では「自律性」という言葉が使われているが、学習は、誰かが合理性や効率性を追求して編み出しものに追随するのではなく、自分だけのものとしか言えない手法を自分で生み出していくべきものなんだろう。
「手垢のついた本」が象徴したものは、今は何で象徴されて語られるのだろう?