u1row's blog

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『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い / 西寺郷太』読了

45人のポップスターが集ったチャリティソング「ウィ・アー・ザ・ワールド」のセッション。ところが集合写真には43人しか写っていない。消えた2人は誰、そしてなぜ?
ミステリー仕立ての第3、第4章がおもしろかった。
でも、全体のテーマは消えた2人の話ではなくて、このセッションのポピュラー音楽史における意義みたいな話。
ポピュラー音楽そのものの歴史、セッションに至るまでの経緯、1985年1月28日のセッション当日の細部にわたる解説、セッション後のアーティストたちの動向と、決して厚くはない本に盛りだくさんの内容、それらがムダなく簡潔にまとまっていてとても読み応えがある。
クインシー・ジョーンズマイケル・ジャクソンライオネル・リッチーという黒人制作チームが、白人のメソッドを取り入れ憑依することに成功した。そして、アメリカン・ポップスの青春、若き理想に満ちた季節が終わりを告げた」という核心をつく見解に感心し、さらに、プロジェクト全体はクインシーの「ジャズ感覚」でコーディネートされたのでは、という見立てには感動すら覚えた。
と言いながら、『ウィ・アー・ザ・ワールド』を「いいな」と思ったことは一度もない。
メイキングビデオは見たし、たしか高校の時に学校の英語の時間にも見せられた記憶がある。チャリティ自体は悪いわけがないが、「良い子」のための音楽には興味がないし、まして学校で見せられるものなんて・・・。
この本は、そういうモノとして捉えられた理由、その結果としての各アーティストのその後の惨状まで言及していて、「そういうことなら、改めてちゃんと聴きてみたいな」と思わされた。
 でも、いまはデヴィッド・ボウイに専念すると決めたから、『ウィ・アー・ザ・ワールド』聴きたいという気持ちを抑えて、ボウイを聴きながら家に帰った。