u1row's blog

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『八十路から眺めれば / マルコム・カウリー』読了

1978年に80歳を迎えた筆者が、老いについて語ったエッセー
冒頭の「老いを論じた筆者は多いが、みんな五・六十代の少年少女だ」というのがおもしろかったので読み進めた。冒頭の予感ほどには感銘を受けなかったが、四十代の自分は「少年時代」すら迎えていないからかもしれない。

印象に残った箇所を書き留めておこう
「私たちの老いのきっかけとなるのは他人のまなざしであり、そのあとで私たちはゆっくりと他人の判断に調子を合わせるのである」

「アメリカ社会の弱点の一つは、老人が手(生産者)ではなく口(消費者)とみなされていることなのである。もっぱら消費に専念する社会のなかでは、老人は一流の消費者ですらない」

「老人はますます自分の内側へと追いやられ、自分の心の動きを追うだけで手いっぱいになる。フロリダ・スコット=マックスウェル女史は言う。「老いるのに多忙で、それを邪魔されるのが恐ろしい」」

「(年老いることの恐怖の一つは)単純化された第二の自分へと凋落する恐怖、すなわち、成人の複雑な生活から、たった一つの特徴へと切り詰められてしまう恐怖である。・・・一つの支配的な特徴(お喋り、臆病者、守銭奴など)だけを残して、あとのすべてが消えるのである。」

もう少し歳を重ねてから読んだら、「あるある」的な共感が増すかも。