u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

2月といえば

2月は受験の月。
首都圏の中学受験は、今日2/1から2/3に集中している。
今年6年生のうちの子も、5年生のころはどうしようかと迷っていたが、ちょうど去年の今ごろ受験しないことに決めた。
理由はいろいろとあったけど、
本人が「友だちと一緒に地元の中学に行きたい」と言ったのが一番大きな理由だった。


ということで、娘は今日も普段どおりに過ごしている。
よくも悪くもリラックスしたその表情を見て、
この子には、入試本番の緊張も、そのあと突きつけられる確率1/2の現実もとても受け止められなかったのではないかと思ったり、
いや、人の顔つきなんていろんな事態に直面することでいくらでも変わるものだから、いまはこのリラックスした顔つきが一番本人にふさわしいんだと思ったり、
心の中をいろんな感情がよぎった。

常々、自分の物差しで子どもを測らないようにと思っている。
(「〜しないように」などと言うのは、「〜しがち」であることを証しているようなものだが、それでも「〜しがち」だと意識するだけでもまだマシだろう)
自分も妻も中学入試とその後の6年間を経験した。
子どもは、自分たちとは全然違う中高生活を送ることになるだろう。
そのことを鑑みず自分の物差しをあてて、わかったフリをしたり、本当にわかった気になって説教を垂れるような醜態だけはさらすまい。
(「〜すまい」という意気込みは、「〜してしまうかもしれない」という不安を証しているようなものだが、意気込みがあるだけどもマシだろう)
子どもとともに成長できるかどうかは、自分の物差しを変えられるかどうかにかかっているのだろう、きっと。