u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

応援の仕方

帰りの電車で、読んでる本が思ったよりも早く読み終わって、他に読むがなかったのでなんとなくあれこれ考えた。
誰かを応援するというのはどういうことだろう。
励ます方にも、励まされる方にもキャラがある。
自分には、松岡修造のように熱く全身でメッセージを投げかけるなんてことは絶対にできない。
「がんばれ」の一言すら、どんなトーンで投げたらいいのか、そもそも「がんばれ」が似つかわしくないパターンじゃないか・・・
などと考えているうちに時機を逸してしまうのがオチだろう。


自分らしい応援の仕方ってなんだろう?
そこで自分が励まされる場面というのを考えてみる。
改まってこっちに向けられた言葉や態度よりも、自然あるいは偶然に目に入った人の姿、音楽、本の一節に励まされることが多い気がする。
「誰かが励まされる」という結果に、「誰かを励ます」という意図は不要じゃないか。


だったら自分らしい応援とは・・・
励まそうという意図を持たず、本に出てくる言葉や流れる旋律や躍動するリズムのようになるというのが理想なんじゃないか。
いや、でも本やレコードならば、生きているものである必要はない。
自分は生きているのだから、古典ではないしクラシックでもない。
本やレコードのようにそこにあって、かつ、生きているのだから更新する。
「相変わらず更新している」というのが自分らしい応援なのかな。