u1row's blog

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失敗の本質 / 戸部良一・寺本義也・蒲田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎』読了

ノモンハン事件(1939年)
ミッドウェー海戦(1942年)
ガダルカナル島の戦い(1942年)
インパール作戦(1944年)
レイテ沖海戦(1944年)
沖縄戦(1945年)

これら6つの敗戦=作戦の失敗を分析する。
「負けるべくして負けた」とか「戦う前から敗戦は明らかだった」とかと結論づけるのではなく、戦い方のまずさ、組織運営のまずさを浮き彫りにし、最終章では、失敗の分析から今日に生かす教訓を引き出そうと試みる。


日露戦争から三十数年、太平洋戦争当時、日本軍の組織は硬直化し、合理性より精神性、結果よりも動機が偏重されるようになった。
日清・日露の戦勝体験のために、陸上では白兵銃剣主義、海上では艦隊決戦主義から逃れられなくなり、時代遅れの戦術・戦略しか立てられなくなった。
6つの事例のあらましは、いずれも呆れるほどにヒドイが、インパール作戦に至っては「作戦」でも何でもなく「当たってくだけろ」と言ってるだけだと思った。
ヒドすぎる。でも、これを誰も止められなかった。
なんで止められなかったのか。当時の人々が止められなかったことを、今の人ならば止められるのか。
この本を見る限り、当時も今も根っこは変わってない。
当時止められなかったものは、今も止められないだろう。


「やめる」とは言い出しにくい空気。
誰もが「もう引き返そう」と思っているが、誰かが口にしない限りは自分からは言わない。
あとになって「なんであの時ハッキリ言わなかったか」と問うと「表情から察してくれていると思っていた」と答える。


こんなのはどこにでもある。これを狂気だと思う人はいないだろう。
狂気でもなんでもないものが、戦争をどうしようもないところまで押し進めたのだとすれば、いったんはじめた戦争を止める術はないのかもしれない。


原子炉には放射性物質の漏洩を防ぐ5重の壁があると唱われていたが、残念ながらそれでは抑えにならないことがわかった。
戦争には抑止の壁はあるのだろうか?
核の抑止力なんていうのは、単にやっちゃあまずそうな「空気」にすぎない。
武力行使の放棄を明言する憲法も、どうやら国民の総意じゃないらしい。
1重の壁すらあるのかどうだかわからないということか。

 

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