u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

道徳の教科書

小学校の道徳の教科書を見てみた。うちの子どもので、対象は小学5、6年生。


自由についてのページには、「自由は「自分勝手」とはちがう」とはじまり、
「その自由は他の人のめいわくになっていないか」とか、
「自由とわがままの界(さかい)は他人のさまたけをなすとなさざるとの間にあり(福沢諭吉)」などと続く。
つまり、表題は「自由」だけど、力点は「制約」の方にある。


目次を見ると、「法やきまりを守って」「集団に置ける役割と責任」「国家・社会の一員として」といった言葉が目に入る。
道徳というのは、結局「公共心」を育成するための科目で、「他人に迷惑をかけるな」というひと言に集約されるんだなあ。
ずるいのは、自分の内面に向き合うように促し、誰でも自身の内に「公共心」を見いだすことができるかのように装っているところだ。
道徳は自身の内面と向き合わせる科目ではない。その証拠に、道徳の教科書に出てくる人の心に関する言葉はとても空虚だ。
「勇気」「希望」「あかるい心」「真心」・・・
こういった言葉は、一見人の内面に言及しているようで、何も言っていないに等しい。
自分の内面に向き合わなくてもこういう言葉は出てくるし、むしろ向き合わない人間に限って連呼する言葉かもしれない。


「ボランティア」、この言葉の使い方もいい加減にしてほしい。
ボランティアは、語義どおり自発的な意志にもとづいた活動であって、社会が要請まして強制するものじゃない。
ほんとのボランティアは、grass-rootsの文化とセットで機能するものなのに、都合のいいところだけ切り取って利用するような言葉の使い方はヒドイ。


中を見なくてもこんな感じだろうとは思っていたものの、予想以上に徹底して空虚だった。

f:id:u1row1223:20150317225900j:plain