u1row's blog

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『ピアノを弾く哲学者 サルトル、ニーチェ、バルト / フランソワ・ヌーデルマン』読了

楽器と人との関わりは、本当はそれに触れる人の数だけあるはずなのに、「できる・できない(弾ける・弾けない、吹ける・吹けない・・・・)」で片づけられてしまいがちなのは残念だ。
たぶん、「音楽的であるかどうか」の前に「正しいかどうか」を問題にしてしまうのが問題なんだと思う。
譜読みは正しいか、姿勢は正しいか、指づかいは正しいか・・・と、音楽そのものと向き合うまでの手続きが長すぎる。


だからといって、そういった決まりごとが無意味だとも思わない。
自分がそういった決まりごとをいろいろ無視していることの反省も含めて、やっぱり、決まりにはそれなりの意味と守るだけの価値はあるんだなあと、最近になってやっと思うようになった。
でも、大切なことは必ず最初に覚えなければならない、てこともないだろう。
なにも初めから「正しい」ことだけで身を固めなくてもいいんじゃないか。

で、この本の話。
サルトルニーチェ、バルト、3人とも生涯を通じてプライベートでピアノを演奏した哲学者だという。
とてもいいなと思ったのは、強引に3人を共通項で結びつけるのではなくて、3者3様の向き合い方を展開していたところ。
哲学者に限ったことではなく、楽器が好きな人なら誰だって、こんな風に他の誰ともちがった向き合い方や向き合う理由を持っているはずだ。

個人的には、ニーチェのピアノへの向き合い方が、どこか痛々しくって興味を引かれるところがあった。

Amazon.co.jp: ピアノを弾く哲学者 サルトル、ニーチェ、バルト (atプラス叢書): フランソワ・ヌーデルマン, 橘 明美: 本