u1row's blog

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『グロテスクな教養 / 高田里惠子』読了

「教養とは自己形成だ。つまり「いかに生くべきか」に応えるのが教養だ。

ただしこの問いかけは、万人に向けられたものではなく、一部の男の子のエリートにだけ向けられたものだった」という話。

 

教養主義とは、受験の勝者が「自分は単なる秀才・優等生ではない」ということを示すためのものだった。だから「教養主義の没落」というのは、「文学や思想書の読書という行為が、「単なる優等生ではない」と叫ぶための有効な手段ではなくなったことを意味する」と続く。

 

最終章では、じゃあ女性は?ということで、高学歴のエリート男子を探す女子の打算は、「教養主義の没落=エリート男子の衰退」によって通用しなくなった。
さてこれから「女の子いかに生くべきか」と締められる。

 

あとがきに「一冊くらい、読んで「いやーな気持ち」になるような新書があってもいいと編集者に励まされた」と書かれていたが、「いやーな気持ち」よりもむしろ「清々しい気持ち」になった。
「(教養の)批判なのか擁護なのかよくわからない、と感じられるとしたら、それは、人間をその複雑さのままに示してみたいという本書の願いから来ている」という、同じくあとがきの一節に思わずジーンと来た(本論とはまったく無関係だが)。

 

Amazon.co.jp: グロテスクな教養 (ちくま新書(539)): 高田 里惠子: 本