u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

『故郷 / 魯迅』読了

子ども向けのオムニバス短編集に入っていた、とても短い作品。

最後の一節に考えさせられた。

 

『思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。』

 

ここだけ見たらポジティブなメッセージに見える。
「共に希望を抱く者が増えれば自ずと希望はかなう」みたいな・・・
でも、そんなポジティブな話だろうか?

その直前で、著者は自分の抱く希望を自嘲している。

「子どもたちには、自分たちが経験しなかった新しい生活を切り開いてほしい」
という著者の希望。
即物的な願望に比べるとずっとマシだと思いつつ、いや、願望なんていうのは即物的であろうとなかろうと、結局のところ偶像崇拝とおんなじだ、と言っている。


「希望」とか「勇気」とか「情熱」とか、
実体がなく、なんとなくポジティブな言葉は胡散クサくて好かない。
でも、この一節のいいところは、「希望」という言葉を無批判にポジティブなものとはせずに、いったん、「所詮、希望なんてものは・・・」とその出どころの虚しさをことわったあとに、この一節が来るところだと思う。


人が歩けば道ができる(そりゃそうだろう)
その道に意味や価値があるかどうかは知らん(意味や価値は、所詮はその人が勝手に付与したものでしょ)

というような解釈も成り立つんじゃないかなぁ

 

ま、オレの読解力はかなりいい加減なので、
昨今の憲法解釈並みに、ありえないことになってるかもしれんけど・・・