u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

家族に典型はない

妻と話し込んでいて遅くなった。
年度の変わり目、決めないといけないことがあれこれある。

・今年か来年まわってくる自治会の仕事
・車検
・子どもの習いごと
・健康診断
・PCのセキュリティソフトの更新
他にも、いろいろ
...
これらの中で、いちばん頭を悩ませるのは子どもに関すること。
親が「すべきこと」と「そうでないこと」・親に「できるこ」と「できないこと」
・子どもが「すべきこと」と「そうでないこと」
・子どもに「できること」と「できないこと」
たったそれだけのことだけど、
親子それぞれの希望・願望(「したいこと」と「したくないこと」)が交錯すると、なかなか簡単にこたえは出ない。

いま直ちに大きな問題になってるわけじゃないけど、
いろいろと予感させられるところがある。
ざっくり言うと子どもとの距離の取り方をどうやっていけばいいのかってことかな。

似たもの夫婦で、ものごとに対する線引き(つまり価値観)がだいたい一致している。これは、子どもにとってはいずれ窮屈に感じられるかもしれない。
だから夫婦としては、自分たちの価値観の外側にあるものを受け容れる包容力を高めたいところ。

自分自身の経験で言うと、
思春期のころ「オマエは変わっとぉなぁ」と折に触れ言われたことが、ボディブローのように効いて、自分を抑制する重石になっていたように感じている。
実際には受け止める自分の問題でもあるし、この言葉だけでパーソナリティが形成されたわけじゃないが、自分の子どもに対しては、自分と違っていることを決して否定するまいと思っている。

ま、女子なのでそもそも自分と違っているから、そんなに意識しなくても大丈夫かもしれない。その意味では、妻の方は同じ女性だから距離の取り方がかなり難しいにちがいない。

家族関係を表す言葉には、異常な強さがあるのか、
「父」「母」「娘」「夫/妻」「兄/弟」「姉/妹」・・・
こういった属性を表す言葉にはある種の縛りが感じられる。
子育て論なんていうのは、きっとこの目に見えない縛りを利用して一般論を押し付けているのが多いのだろう。あたかも子どもがいるのが偉いかのごとく、子どもは多い方が苦労は多いが幸せであるかのごとく・・・

典型を参照せずに、自分たちオリジナルのあり方を見つけていきたいものだと思う。