u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

『おくま嘘歌 / 深沢七郎』

いい話だった。美談という意味ではなく・・・

まごを寝かしつけるために、おくまは子守唄を歌う。
歌詞はでたらめ
 ひとつ、ひと代さんはオメメが痛いよ
 ふたつ、ふな代さんは太い川へ落込た
と口からでまかせ。

子守唄ってそういうものかもしれない。マザーグースも意味不明だし。
心地よい節があって、それに乗っていれば何だっていい・・・

これってインプロヴィゼーションそのものかもしれない。
オリジナルのコード進行とリズムさえ共有できれば、あとは何を弾いても、吹いても、叩いてもいい。
おくまの「嘘歌」もこれと根っこは同じじゃないか・・・

ちなみに、このおくまがでたらめな歌で孫を寝かしつけるのは、ほんのワンシーン。
おくまはでたらめな子守唄を歌うのと同じように、その時々、適当な嘘をつく。悪意のある嘘ではない。相手に気を遣わせないための嘘。
死ぬ前にも、
「(自分の病気は)よくなるさよオ。よくなって、蕎麦アこしらえたり、サチ代のうちへも遊びに行くさ」
と嘘を言った。

おくまの日々の生活は、それ自体が「歌」のようなものだったのかもしれない。
適当につく「嘘」は、それが生活という歌になじむものならば何の問題もない。

「歌」ってそういうものなのかもしれない。
いや逆に、「嘘」ってそういうものなのかもしれない。

「嘘」は必ずしもいけないものじゃないことは、小さな子どもじゃなければ、誰だって知っている。
でも、「よい嘘」と「いけない嘘」の違いは?と聞かれるとどうだろう。

おくま嘘歌に倣うならば、
歌になる嘘、ならない嘘、これが嘘の良し悪しの基準じゃないかと思った。