u1row's blog

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『パンセ 数学的思考 / 吉永良正』

昨日は最初の20ページくらいで眠たくなってしまったけど、
読み進めるうちに面白くなってきて、眠気をもよおすことなく読了。

パスカルの死後、ノートや紙片に書き留められたメモ書きをまとめたのが『パンセ』。

パスカル、そして「パンセ」に格別の思い入れをもつ(と言っても、パスカルの専門家ではないと自身でことわってる)筆者が、独自の切り口でパスカルの残した言葉を解説する。

講義形式になってるから、どこかの大学か高校で行なわれた授業をもとにしているのかもしれない。話し言葉なので読みやすい。冒頭の『パンセ』の抜粋との読みやすさのギャップがスゴイ。

示唆的な言葉がたくさんあったが、
一番印象にのこったのは、信仰は賭けだ、と言っている点。

有限の存在である人は、無限である神の存在を知ることは不可能だ。
だから神の存在証明を要求するのは愚かだ。
存在するかしないか決してわかり得ないものだけれども、
存在する方に賭けるのが信仰だと。

この言葉だけだと妄信的な感じがするけど、
パスカルは優れた数学者であり、フェルマーとともに確率論の共同創始者であるという話を聞くと、「賭ける」という言葉の重みが違ってくるように感じる。

ちなみに、パスカルがフェルマーとともに取り組んだ「パチオーリの問題」という確率の問題。

『技量が等しいAさんとBさんが、6回先勝した方が勝ちというゲームをする。
Aさんが4勝、Bさんが3勝したところで、ゲームを中断せざるを得なくなった。
この時、賭け金をどう配分すると公平か』

これが4:3じゃない。答えは11:5だという。
たしかに数学の時間に確率の問題として出されたら、ちゃんと計算するだろうけど、日常生活でこんな場面に遭遇したとして、11:5って言えるかね?

4勝3敗のAさんが、Bさんの倍以上のもらうってのは、感覚的には不公平な感じがする。でも計算上は、これが正しい配当。

こんなことを考えついた人が、
「神はいるかいないかわからない。どうせわからないなら、いる方に賭けよう」
って言ったんだ・・・

「考える葦」の考えることはスゴイなあ。

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