u1row's blog

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愛の法則 / 米原万里

電車で3冊並行して読んでいるが、そのうち
『愛の法則 / 米原万里
を読了。

第2章の「国際化とグローバリゼーションのあいだ」には、
先月読んだ『逆さまの地球儀 複眼思考の旅 / 和田昌親』に通じる話がたくさんあった。

「日本と日本文化には、その時々に最強と思える国、イコール世界最高の文化を持つ国と思い込んで、その国を無節操、無批判に取り入れる癖がある」という。
その時々の最強の国とは、かつての中国、鎖国時代のオランダ、戦後のアメリカといった国のことで、これでは本当の国際化にはつながらないと主張する。

和田昌親さんの本でも、「アメリカ一辺倒ではいけない。ブラジルのように、複数の国と等距離の関係を築くしたたかな外交が求められる」と言っていた。

興味深かったのは、日本語の「国際化」と英の"Globalization"は同じではないという話。
日本でいう「国際化」とは、国際習慣、世界基準に合わせることだが、英語のGlobalizationは、米もしくは英が自分たちの基準を世界にあてはめようとすることだと。

そもそも、日本は「世界=当節最強の国=アメリカ」と思っているので、世界基準に合わせること=アメリカ基準に合わせることになる。一方、アメリカは自分たちの基準を世界すなわち日本にもあてはめようとする。うまく凸と凹が噛み合わさってるんだね。

でも「世界最強=アメリカ」が、ますます???になりつつある現在、日本は「世界基準」を見失ってるのかもしれない。
これまでと同じように、アメリカに代わる当節最強国を見つけて、そこに照準を合わせるようにシフトしていくのか、それともこれまでのような「国際化」を捨てて、複数の国と関係を結ぶ新たな「国際化」のあり方を見つけるのか。

いちばん危うい選択は、相対的に力を弱めるアメリカとの関係にしがみつき、ひたすらアメリカ基準に合わせつづけることのような気がする。

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