u1row's blog

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『戦争の世紀を超えて / 姜尚中・森達也』

姜尚中森達也が、かつての戦場や虐殺の地を訪ね、そこで感じたことを語り合う。
アウシュビッツ、イエドヴァブネ、三十八度線、そして広島。
対談の中で、各々の地で起きた殺し合い、もしくは一方的な虐殺のあらましや背景が説明されているが、個別の事情よりも、これらに共通する「人が人を大量に殺すときに働く駆動力」は何なのかに迫ろうと試みる。

2人の考えは、被害者意識、不安・恐怖心、絶対他者化といった言葉に集約されていく。

直接的な被害者が抱く被害者意識に加え、周りの人間まで被害者意識を共有する。
加害者に対して憎悪を抱くとともに、その加害者を自分たちとはコミュニケーション不能な全く異質な存在であると「絶対他者化」していく。
加害者に対する不安・恐怖心から、自衛という口実のもとで相手を攻撃する。

ここから生まれるのは負の連鎖だけ。
被害者の心情よりも、加害者の心のメカニズムを解明しないかぎり、この連鎖は断ち切れないのではないかと言う。

でも加害者の心にアクセスするのは、そのこと自体に対する恐怖と、偏見の目(「加害者の肩を持つ気か」というような偏見)への恐怖を伴う。
自分の中に加害者と共通する何かを見つけるのは恐ろしいことかもしれない。
「あいつ(ら)は異常だ」と言って、自分とは無関係な存在として切り離してしまうのは簡単だが、それこそが他者への攻撃、時に残忍な攻撃をも正当化してしまう入り口なのかもしれない。

ある人たちからすると軟弱なのかもしれない。
おめでたい理想主義者、あるいは文脈によっては愛国心の欠如と非難されるだろう。
でも、「被害者心情に寄り添う」とか「絆」とかといった美辞によって煽られる内向きの一体感には、どうしても空恐ろしさを感じてしまう。

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