u1row's blog

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『ベルクソンー<あいだ>の哲学の視点から / 篠原資明』

読みかけだった
ベルクソンー<あいだ>の哲学の視点から / 篠原資明』を読了。

ちょっと今のオレには難しすぎたな。
「・・・は言うまでもなく」
て言われても、「・・・」の部分が「???」状態。

「われわれはどこから来たのか・われわれはなんであるのか・われわれはどこに向かうのか」という普遍的なテーマを、

「無」ー<神>→「有」という「単交通」

ではなくて

「かつて」←<記憶>→「いま」という「異交通」

でとらえようとする試み・・・てことなのかな????

「かつて」は、記憶によって凝縮され「いま」に混ざりこむ。
「かつて」と「いま」は直線上の2点ではない、あたりまでは辛うじてついていけたが、最後の章では即身成仏・臨死体験といった話まで出てきて???。

「読書百編、意自ずから通ず」なんて言うが、
これに関しては百回読む前に、近現代の哲学史をざっと読んだ方がいいかなと思った。

ブックカバーには「画期的入門書」なんて書いてあるが、
これが「入門」だとしたら、「どんだけ奥まったところに門つくってんねん」ってツッコミたくなるね。

「狭き門」ならぬ「遠き門」

http://www.amazon.co.jp/ベルクソン―“あいだ”の哲学の視点から-岩波新書-篠原-資明/dp/4004310407