u1row's blog

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被害者の顔をして加害者になる

昨日のニュースだが、
桜宮高校の在校生で、運動部キャプテンだかなんだかがカメラに向かって不満を訴えていたね。
彼らの本音、さらに言うと彼らの背後にいる保護者や教師たちの本音が垣間見えて寒気がした。

彼らが一生懸命訴えようとしているのは
「自分は被害者だ」
ということだろう。
これは、はっきり言うなら、
亡くなった生徒に対して(そんな気はなくても)
「オマエのせいで、迷惑を被ってんだよ」
と言っているのに等しいのではないか。

「自分は殴られても、蹴飛ばされてもガマンしたのに・・・」
とか
「監督は自分のために叱ってくださったのに・・・」
とか
「・・・」の部分に、
「みんながガマンしていること、みんなが受け入れていることを、オマエが受け入れなかったから、俺たち、私たちが、こんな目に遭っているんだ」という本音が込められているんじゃないか。

早急にすべきことは、入試の枠組み云々より、
亡くなった生徒と遺族を理不尽な批判や非難から守ることじゃないかと思う。

突然の入試の変更で受験生が困るのはよくわかるし、
信頼してきた指導者が突然他校に行ってしまうことで運動部員が不安になるのもわかる。
でも、不安や不満を訴える彼らの言葉の裏に
「事件がなければ、こんなことにはならなかったのに・・・」
という本音が垣間見えて、これがとても恐ろしく感じられる。

人が人に危害を加える時ってどんな時だろうか。
何もないのに危害を加えることはまれで、自身の安全が脅かされたり、不安な状況に陥ったりした時じゃないか。
「加害者の顔をした加害者」なんていない。
「被害者の顔をして加害者になる」んじゃないか。

体育科入試の中止にしても、
運動部に所属する在校生のケアにしても、
この春受験する中学生への配慮にしても、
どれも大切なんだろうけど、
亡くなった生徒に矛先を向けないという大前提が共有されているのかどうか疑わしいように思う。