u1row's blog

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母が重くてたまらない - 墓守娘の嘆き 信田さよ子

面白くってイッキに読んだ。

『母が重くてたまらない - 墓守娘の嘆き 信田さよ子

少し前に読んだ齋藤環さんの本と内容的には重複するが、こちらの方が母親に向けられる言葉が辛辣で、怒りに近いエネルギーが文章から感じられる。

「母性」は本能ではなく、社会の単位としての家族を成立させていくために制度的に必要とされたものである。「自己犠牲」「無償の愛」といった「母性」という言葉に付随する美徳は、母が母親としての地位を維持するための装置、それを否定しようとする娘に罪悪感を抱かせることによって、巧妙に娘を支配・コントロールする仕掛けである。
といった話は、齋藤環さんの本とも重複する。

この本で踏み込んで語られているのは、被支配を自覚した娘に対して「母親にNOをつきつけよう!」と言っているところ。
ケンカをけしかけているわけではなく、「自他の境界線をはっきり示すことがまず第一歩だ」ということの具体的なアドバイスだと思われる。

「無自覚な蹂躙」さらには「善意の蹂躙」というのは、踏みにじられる側が「罪悪感」まで負うという極めて不公平な状況なのに、それを正すどころか、気づくことすら難しい。
たぶん、家族のように互いを客観視することが難しい状況下で、こういった関係が生じるのだろう。

これは同時に社会の問題でもあるように思う。「無自覚・善意の蹂躙」を容認するような言説が、日々再生産され、社会の共通認識として刷り込まれる。

例えば、「母」という言葉そのものに、それを否定的に語るのを許さないような響きが込められる。「母親なんだから・・・」というだけで、全てを説明し尽くしたかのような、それ以上の説明を拒絶する感じ。

そこで「母親なんだから、ナニ?」と疑義を唱えることから、「アタリマエ」の背後にある問題が浮き彫りになるんじゃないかな。それは「母」を否定することではなく、「母」を濫用するエイゴイズムとの対決になるはずなんだけど・・・
ムズカシイかな?

http://www.amazon.co.jp/母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き-信田-さよ子/dp/4393366255