u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

遭遇

図書館で借りた短編オムニバスを読んでいて息をのんだ。12人の作品が一話ずつ収録されている中に、古い知り合いのものがあったからだ。
友人とは言えないが、学生の時にやっていたSoul Barに彼女らしき女性をつれて、いや、彼女らしき女性に連れられて入ってきて、しばし歓談した仲、その前後もその界隈でよくすれ違った覚えがある。
年齢不詳、陽気で純真な振る舞いに、それだけではない不思議な気質を漂わせていた。
彼女らしき女性が「以前はガチガチの現代詩を書いていた」と熱っぽく語ってくれたが、「現代詩を知らないのに、それが「ガチガチ」とは?」「彼の今を知らないのに、以前の彼とは?」と思ったものの、聞き返すのは憚られて、頷きながら流したのを鮮明に覚えている。
話を聞くことでナゾが深まる人種があるが、その種の人物だということだけはハッキリとわかった。
オムニバスに収められた彼の作品は、あの時そばにいた女性から聞いた話の印象と同じで、読むことでナゾが深まる種類の文章だった。
ただ、言葉を伝達の手段ではなく表現の手段としているのだろうということは感じられた。

 

某結婚式・披露宴に出席

某結婚式・披露宴に出席。
自分がこういった機会を悉くスキップしてきたので、「なるほど、誓いとは、あるいは、お披露目とはこういうものか」と、拾わずに通り過ぎたものの意味と価値を、後ろから呼び止められて振り返りながら教わるようなひと時だった。
また、いつの間にか新郎新婦よりも親御さんの気持ちを推量する時間の方が長くなっていることにも気づかされた。
ま、きっとこんな自分のことだから「新婦の父」という機会もスキップすることになる可能性は大いにあるが。

午後、図書館へ

午後の浅い時間に図書館へ
最近アート志向が高まっているから、無駄に美術系の書棚の前でネバって、初心者向けと思われる有名画家たちの人物紹介のマンガを借りた。
人物も作品も歴史にその名を残すと、その人自身から切り離されて、みんな「エライ人」「スゴイもの」になってしまう。
「どんな人?」「どんなもの?」という問いかけは、自分のような素人が「エライ、スゴイ」以上の関心を持つのに手っ取り早い端緒だろう。
一方では、作品を創作者の人生経験と結びつけて語るのは根本的に間違っている、という思いもあるが、ま、評論家になろうというのではないから、深く考えずに楽しんで読めたらいいな。

雛あられ

桃の節句だからといって何も予定していなかったが、
妻経由で「娘が雛あられを食べたがっている」と聞いて、帰りに買って帰ることにした。

もうコンビニしか開いていない時間だったが、
恵方巻きの時にはあれだけ盛り上がっていたんだから、
ひな祭りも同じ感じだろうと思ったら、まったく違った。
ひな祭り感はほぼゼロ。
ひな祭りも「イブ」的に前日の3/2の夜がメインなんだっけ?
と思いながら雛あられを探したが4件回っても見つからず、諦めて帰った。
ま、娘本人もそこまで食べたかったわけではないようで、
それとは別で妻が買っていたケーキを食べて満足そうだった。
オレもおこぼれに与りなぜかモンブランを食べた。

ひふみ歌

昨日、「反」と「無」の違いを考えていて、
ついでに、さらにどうでもいいことが思い浮かんだ。
「ひふみ」の歌は、けっこうな割合で否定的な語に置き換えられる。
ひ ふ み よ いつ む な や こ と
非 不 未   逸  無 莫 止 枯 徒 
なんとかこじつけようとしたが、「よ」だけ適当なのが「無」かった。

非と反

ニュース記事で、「反人道的」という言葉が目に入った。
「人道的」の打ち消しは「非人道的」だと思っていたが、「反人道的」という言い方もあるのか?

「非」と「反」にニュアンスの違いを見い出すとすれば、
人道的(+10)ー 非人道的(0)ー 反人道的(-10)
という感じだろうか。
「非/不/無」はゼロ、「反」はマイナス。例えば、不動は動きがない、反動は逆向きの動き。
つまり目にした記事は、あえて「反人道的」と言うことによって、逆行する力の大きさを暗示したのかもしれない。

あるいは、”anti-humanism”の訳語として「反」を使ったという考えもある。
ならば「非人道的な」という形容詞に相当する英単語は、anti-humanisiticなのかというと、どうもこれは一般的な単語ではなく、inhumaneの方がしっくりくるようだ。

「反社会的」という言葉につられて、「反人道的」といったという考えもある。
「反社会的」行為は、同じ社会の構成員が共有しているはず社会通念を逸脱する振る舞い。
「反人道的」行為は、他国民など社会通念を共有していないが、同じ人間として共有しているはずの共通感覚を逸脱した振る舞い。
うん、これが一番可能性が高い気がしてきた。

『危険なビーナス/東野圭吾』読了

サスペンスドラマにコメディのふりかけをまぶした感じのおもしろさ。
テレビ化が前提なのかな?
ま、これに限らず映像化を意識しないで書くなんてことはありえないのかもしれないが。
ネタ明かしのところは、「モニタリングさせていただきましたぁ」てテレビカメラが入っていくような感じ。
その意味でも、喜劇的で、テレビ的なノリの本だった。