u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

乗り過ごし

昨日の朝、電車で寝過ごした。
たまたま前に座っていた人が某駅で降りたので座れたのがいけなかった。
本を読んでいるうちにウトウトして気がついたら降車駅を過ぎていた。

目を覚ますと見覚えのない景色。いや景色というか、窓の外に景色がない。
いつのまにか地下鉄の駅になっていたのだ。
いつも降りる駅は地上だが、相互乗り入れでそのまま乗っていると地下になることを思い出した。

ココはどこだ? キョロキョロ
ま、どこであれ地下の駅だから乗り過ごしたことにちがいない。 
とりあえず降りよう。落ち着いて、さもココで降りる客であるかのように。
おもむろに手に持っていた本をカバンに入れて、、、
え、そんな余裕はない?
もう発車ベルが鳴っている・・・間に合うか?
立っている乗客をかき分けて、、、
「発車しま〜す、かけこみ乗車はおやめくださ〜い」
あ、、、
無情にしまるドア、しまい損ねた本、チャックの空いたカバン。
そして、駆け込み乗車ならぬ駆け出し降車も拒絶されることを知った。

ムダにもうひと駅乗り過ごし、次の駅で引き返すことに。
ま、こんなことがあっても、いつも余裕をもって早めに出るので職場に遅れることはなかったのだが。

ヒトの間違い

アナウンサーが原稿を読み間違えたりすると、すぐに視聴者から苦情の電話がかかってくるという。
NHKのアナウンサーともなるとネクタイのゆがみまでクレームネタになるそうで、世の中の人はどんだけヒマなんだろうと呆れてしまう。
この手のクレームはやはり年配の方からが多いそうで、そういう話を聞くと、自分は他人の言い間違いを指摘して悦にいるような中高年にはなるまいと思う。
とはいえ、人が間違ったことを言ったり、読み間違えたりしているのを耳にしてしまうと、むちゃくちゃ気になる。
心なしか、10代や20代の頃よりもいまの方が「気になる」度が高くなっているような気がする。
このまま50代、60代と年を重ねると、やっぱり自分も他人の言い間違いを許せない年寄りになっていくのだろうか?

最近気になった、他人の勘違いや言い間違い。
(1)ラジオのパーソナリティ
アーティストのナントカさんが本を出したという話
「ナントカさんのこだわりは、細部にまで行き届いています。例えばこの「そうちょう」も、ナントカさん自らデザインしたものなんですね・・・・」
「そうちょう」とは「装丁(そうてい)」のことでしょうね?

(2)昼、コーヒーブレイクで入った某茶店にて
隣の職場の同僚とおぼしき男女の会話
「ピアノ売ってちょーだい♪って歌うコマーシャルあるでしょ」
「ああ、タケモトピアノ
「そうそう、社長が歌ってて赤ちゃんが泣き止むコマーシャル」
財津一郎は社長じゃないでしょ。

(3)同じく某茶店にて
年配の男性が若い後輩らしきに人に偉そうに講釈
「だから当時日本はね、満州事変て言って・・・、
で、ラストエンペラーって映画あったでしょ、あの「アイラ」じゃないや、「アイ・・・、アイ・・・」まいいや、、、」
愛新覚羅溥儀でしょ。

赤の他人だから耳に入っても黙っているけど、ツッコミたくなる気持ちもわかるな。

『クアトロ・ラガッツィ(下)/若桑みどり』読了

上下巻ともそこそこボリュームがあったが、ボリュームの圧よりも著者の熱量に圧倒された。
天正少年使節の4人のうち教皇グレゴリオ13世との謁見の場に導かれたのは、中浦ジュリアンを除く3名だったという。
一般には「中浦ジュリアンは病欠」と説明されるそうだが、実はある演出のためにどうしても1名を除く3名ではなければならなかったのではないかという著者。
それは日本すなわち極東からの使者を「東方三博士」になぞらえる演出で、これによって布教活動の成功を感動的に印象づけたのではないかという説だ。
中浦ジュリアンは4人の中では出自の点で劣るため、病気が事実であったにせよ、それを口実に外されたのかもしれないのだという。
その後、帰国した4人を待っていたのは激しいキリシタン迫害だった。
4人のうち千々石ミゲルは棄教。棄教して仏教徒になったわけでなく、おそらく無神論者になったのだと推測されるらしい。
ある意味現代的な感覚を持っていたのかもしれないという考察がおもしろい。
伊東マンショは病死、原マルティノマカオへ追放、教皇への謁見の機会から外された中浦ジュリアンは穴吊りの拷問ののちに殉教したという。
この4人に限らず、高山右近をはじめとする戦国大名イエズス会士、長崎の殉教者などなど、取り上げられた人物はことごとく実像がしっかり描かれていて、
ストーリー仕立ての小説だとここまでの重みは感じられないだろうなと思った。

いよいよ愛車を手放すことにした。
13年間乗り続けて、大きな故障は一度もなく乗り心地や使い勝手を不満に思ったことも一度もなかった。
ただ、ここ1、2年で細かい問題が続出し、さらに今年の車検を通すのにそこそこ掛かることがわかり買い替えを検討することにした。
残念なことに買い取り査定額はゼロ。ディーラーでも、某中古車販売店でも同じだった。
モノの市場価値を査定するのに、持ち主の思い出や思い入れは無用なのだ。
有名人が所有したモノならば付加価値にもなるだろうが、名もないオーナーの思い出や思い入れはモノについたアカでしかないのだろう。

さてともかく愛車を手放し、とりあえず次の車を所有することにした。
今よりさらにコンパクトになるが、安全性に定評があり、お買い得の中古車。
正月に引いたおみくじによると、今年は「なにをしても幸運のもとになる」そうなので、それを信じて新しい出会いを楽しみに待とう。

『なぜ○○は××なのか』というタイトル

『なぜ○○は××なのか』というタイトルの本をよく目にする。
「なぜ日本人は〜なのか」「なぜ部下は〜なのか」「なぜ男は〜なのか」などなど。
このパターンが多いなと気になりはじめてから、この手の本は読まないことにした。
中身は読んでみないとわからないのだが、これをタイトルにするセンスに馴染めないからだ。
「なぜ○○は××なのか」という問いは、「○○は××である」ことが周知であることを前提とする。
ところが、この手の本は「○○は××である」ということが認知されていないことを承知で、あえて「なぜ○○は××なのか」というタイトルにすることによって、これを認知させよう、あるいは既成事実化しようとするあざとさが透けて見える。「なぜ?」と問いかければ、相手は考え、行動するものだという浅知恵にやすやすと乗りたくはない。
たしかに「なぜ?」という問いは人の行動の根っこ付近にあるものなのかもしれないが、その問いは他人から突きつけられたものでなく、自分の中から生まれてくるものだろう。

ということで、こう問いたい。
「なぜ人は『なぜ○○は××なのか』というタイトルに乗せられるのか」
これで本を書いたら売れるかな・・・

牽制力

読みかけの本に長崎二十六聖人の話が出てきた。
秀吉による国内キリシタンの処刑で、同時代の処刑としては世界に類例のないものだったという。
引き金となったサン・フェリペ号事件の詳細、当時国内にいたイエズス会士とフランシスコ会士の関係など、これまでの自分の教科書程度の知識では感じることのできない切迫感が伝わってきた。

意外だったのは石田三成が処刑者の数を極力減らそうと奔走したという話。
官僚的な人物というイメージがあるが、「大阪・京都中のキリシタンを処刑せよ」という秀吉に対して、イエズス会士とフランシスコ会士を区別するように説いたという。
当時同じ宣教師でも、イエズス会フランシスコ会、スペイン人とポルトガル人とイタリア人の違いはそこそこ明確に区別されていたらしい。
三成は、処刑者名簿から極力その数を減らし、秀吉の心変わりを待つためにしばらく寝かしたりしたのだそうだ。
石田三成前田玄以ら中枢にあって、知と情をもって状況を分析し処刑を回避しようとした者もいたが、権力者の老害をコントロールすることはできなかったということらしい。

秀吉の晩年について、老害という言葉を当ててよいのかどうか少し躊躇われる。
秀吉は朝鮮出兵と並行して、その後の明への侵攻やフィリピンへの侵攻を目論んでいたという。
夜郎自大な振る舞いや感性は、老害によるものではなく、秀吉個人に特有の感性でもなく、広く日本人に見られるものなのだと思う。
その振る舞いや感性がイケナイというのではなく、それを牽制する振る舞いと感性が併置されることが大切なのだろう。
石田三成前田玄以に秀吉を制する力があれば(それはありえないが)、二十六人の処刑者を生まずに済んだかもしれない。
権力を牽制する力は、権力と拮抗してはじめて牽制たりうるということだろう。

葉山森戸海岸を散歩

日用品の買い物に出かけた。
天気がいいので、少し遠回りで逗子・葉山に寄り道。
森戸海岸は葉山では一番広い砂浜だそうだ。
砂浜をとぼとぼ歩くとその端は岩場になっていて、小さな川を隔てて森戸神社が建っている。
砂浜はこれまでも何度か歩いたことがあったが、神社にまで行ったことがなかったのでちょっと覗いてみた。
頼朝の創建、北条、足利、家康、光圀、明治以降の天皇裕次郎と、
脈絡があるんだかないんだかよく分からないが、とりあえず各時代に時めいた人たちに愛された場所だということらしい。

岩の上に松が植わっているので「なんで枯れないんだろう」と思ったら、これは千貫松と呼ばれる有名な松だそうで、
頼朝が岩の上の松とは珍しいと言ったところ、和田義盛が千貫の価値があるから千貫松と呼んでいると答えたことに由来するらしい。

ペットのための社があったので、ナラの健康を拝んで神社をあとにした。

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