u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

巻きなおすネジ

trial and error「試行錯誤」は、文字どおり捉えると「試してみては失敗する」という何とも悲観的な言葉だが、実際には「成功、成長、不断の追求」といったポジティブな意味を含む言葉として用いられる。
「いくら試してみても失敗する」という言葉にどうしてポジティブな意味が生まれるのか?
おそらくtrial「試行」という言葉の含みのためだろう。

trial and errorを当事者目線だけで捉えると「いくらやっても失敗する」とウンザリ感が心を支配する。
でも、これを当事者を包む環境の目で捉えると「もう一度チャンスがある」「何度でも試すことができる」と、当事者目線では気づかなかった「巻きなおすネジ」がそこに現れる。
巻きなおすのは当事者の意志の問題かもしれないが、巻きなおすネジが用意されているかどうかは環境の問題だろう。

trial and error「試行錯誤」にポジティブな意味が生まれるのは、「巻きなおすネジがある」ことが暗示されているためじゃないだろうか。
「巻きなおすネジ」がない環境、つまり失敗が許されない環境には、trial and errorはない。したがってtrial and errorが含意する「成功、成長、不断の追求」もない。
「巻きなおすネジ」があるというメッセージは、環境や文化を形成するうえでとても大切な要素なんだろうな。

読み終えたものの

少しずつ読み進めていた、というより少しずつしか読めなかった本をようやく読み終えた。あまりにちびちび読んでいたので、読了記をつけようと思っても言葉が出てこない。とりあえずなにか書きとめようと思うが、そのために読み返し始めたら、また数週間かかるかもしれない。とりあえず明日に回そう。

もういくつ寝ると

昼間、久しぶりにからっと晴れて、日差しのわりにとても涼しく清々しい天気だった。

一瞬「やっと秋らしく」と思ったが、日付はまだ9月中旬か。

中学、高校と体

育祭が9月にあったせいで、この時期になると、いまだに炎天下の行進の記憶がよみがえることがある。だから9月のイメージはほぼ夏。

もういくつ寝ると、、、秋が待ち遠しい今日この頃。

Time is money journey.

帰りの電車に揺られながら思ったこと。

Time is money.を地で行くと、すべての時間は金に換算できることになる。

そういう状況では「時間が解決してくれる」ことには「金で解決する」というオプションが成立する。

が、「時間が解決する」というのは「時間の経過でしか解決しえないことがある」ということだから、やっぱり「すべての時間を金に換算できるわけではない」のだ。

時間を金銭で換算するのは一種の可視化=みえる化だろう。「みえる化」という言葉は世の中的にはやたらともてはやされるが、Time is money.を字義通りに解釈する滑稽さを抱えているんじゃないか。

Time is money journey.「時は金の旅」、いやいや「時は金じゃねぇ」。

なんて、、、

『明治生まれの日本語/飛田良文』読了

明治になってから生まれた言葉を20語ほど取り上げて解説したもの。全体を通じて、外来語や外来の概念を当時の人たちがどのように受容したのかが垣間見えるのがおもしろかった。

度々出てくる「イエスシ読本」の役割は相当大きかったようだ。「イエスシ読本」とは、明治36年発行の第一期国定教科書「尋常小学読本」の俗称。

たとえば、鉄道の駅を「停車場」と言っていたのが「駅」と呼ぶようになったのも、花咲か爺さんの飼い犬は無名か「福」という名だったのが「ぽち」という名で定着するようになったのも、「イエスシ読本」の影響が大きかったのだという。

「イエスシ」の呼称の由来は、「イス(椅子)、エダ(枝)、スズメ(雀)、イシ(石)」の挿絵に「イ、エ、ス、シ」とカタカナ文字がふられているのに由来するらしい。

本書では実際にそのページが載せられているのだが、それを見ていて、「イシ」が気になってしょうがなかった。石の挿絵が独特でパッと石には見えないし、これだけ頭の文字じゃない。「シカ(鹿)」とか「シロ(城)」とか「シ」で始まってわかりやすいイラストをつけられそうなものはあるだろうに。

教科書のセンスって独特だなと思うが、最初からそうだったってことか。

映画『引っ越し大名!』観了

コミカルな時代劇「引っ越し大名」を見に出かけた。「引っ越し奉行」自体は創作だそうだが、何度も国替えを繰り返した藩主松平直矩は実在の人物だったらしい。1642年生まれというから、ニュートン井原西鶴と同い年。
姫路から豊後国日田へ引っ越しする時に「牛窓から船に乗る」という話があった。「牛窓」という地名に聞き覚えがあるので調べると現在の岡山県瀬戸市牛窓町。ここで疑問に思ったのが、姫路にも海があるのになぜわざわざ牛窓まで歩くのかということ。現在は姫路と牛窓の間には兵庫と岡山の県境があるが、文化的には県境ほど明確な境界線はないのかもしれない。とはいえ直線距離にしてかなり離れているのにわざわざ牛窓まで?
ま、そもそも史実ではないのかもしれないから深く考えてもしょうがないか。
すごくリラックスして楽しめて、連休の締めくくりにぴったりの映画だった。

『素顔の西郷隆盛/磯田道史』読了

たまたま手にとって読みはじめたら意外と面白かった。
三部構成で第一部は30歳まで。1828年生まれなので30歳は安政の大獄の年にあたる。
この年、下級武士の出身である自分を取り立ててくれた主君島津斉彬が急死。おそらくその失意も遠因となり、月照という僧侶と心中未遂事件を起こす。
西郷隆盛という人は、目の前の人の気持ちを汲みとり同化してしまうところがあったという。またこの時に死に切れなかったことが、その後の維新に向けた策動では、一度は失ったも同然の命を惜しまない態度で他の誰にも真似のできない存在感を獲得していくことになったらしい。


第二部は、函館戦争が終結する1869年まで。第三部は、新政府への失望と下野、そして西南戦争での死。
西郷隆盛といえば「征韓論」、人となりがどんなに立派でも結局戦闘にしかアイデンティティを見出せなかった人なのかと思っていたが、正確には「征韓論」を積極的に主張したわけではなかったそうだ。「ロシアの脅威に対して日本と韓国が共同で対処しなければならない。そのために、まずは自分が韓国に出向いて話をつけたい。その話し合いがうまくいかなかった場合、きっと自分は殺されるだろうから、それを口実に派兵すればよい」という考えだった可能性が高いらしい。
ま、消極的であっても戦闘やむなしと考えていたのだから、そのマイナーな差異にどの程度の価値を認めるのかは難しいところだが、人間としての西郷隆盛を知る上ではマイナーな差異とは言えないというのは理解できる。

人としてのエピソードに事欠かない英雄。あまりにも英雄然としていていまひとつ奥行きのある人間に感じられないのはどうしてだろう?
それは「奥行き」を例えば「表と裏の二面性」といった意味で捉えるからなのかもしれない。西郷隆盛の場合、二面性という意味での奥行きはないが、疎密の落差という意味での奥行きがあった人なんじゃないかなぁ。