u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

おりょうさん公園など

龍馬の妻おりょうさんで知られる楢崎龍は、後半生を横須賀市で過ごし、そのお墓は横須賀市大津町にあるのだそうだ。
先日「坂本龍馬が歴史の教科書から消えるかも」というネットの記事を見かけたが、そんなニュースにも「ま、そりゃそうかもな」と思うくらい、坂本龍馬、ましておりょうさんにはドライな感情しか持ち合わせていない。
でも、大津町というとよく買い物に出かけるスーパーのすぐ近所なので、ちょっとぶらぶらと歩いてみることにした。
10年ほど前から大津町では「おりょうさんまつり」というイベントを開催しているそうで、お墓のある信楽寺の近辺には龍馬とおりょうさんのイラストをあしらったのぼりがあちこちに立てられ、京急大津駅の前にはおりょうさん公園、信楽寺には龍馬とおりょうさんの木像が置かれファンを出迎える。
ふと頭をよぎる。「おりょうさんはいいとして、龍馬は横須賀には来てないでしょ」と。
おりょうさんが横須賀に来たのは再婚相手の西村松兵衛と。再婚後は西村ツルとして過ごしたというのに、今やどこを向いても龍馬とおりょうの2ショット。
西村松兵衛さんがちょっとかわいそう。

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コーヒーの味比べ

娘を習いごとに送った後に、先日入った某カフェを再訪。完熟コーヒーと陰干しコーヒーというのを飲み比べようと、妻と一つずつ注文。完熟の方はスッキリとした苦味、陰干しの方は後に残るまろやかな甘み。
妻は完熟の方を「苦味という香りがあるみたいだ」と評した。たしかに、苦味が舌に残らずスッと消える感じを「香り」と言い換えるのはアリだなと感心。
じゃあ陰干しのまろやかな甘さを何と表現するか。
妻の評は「ヤキイモだ!」
「なるほど!」とはならず爆笑。たしかに甘くて香ばしいのはヤキイモに近いのかもしれない。でも、店員さんやまわりの客にも届く大きな声で「ヤキイモだ」と叫ぶ感性が自分には謎めいている。
これは妻らしさなのか、女性らしさなのか?
心に浮かんだことが、「苦味のという香り」であれ「ヤキイモ」であれ、そのまま口をついて出る。心と言葉が直結しているのかなぁ。
自分の場合、思ったことや考えたことを、なかなか口にできない。ためらいや気恥ずかしさもあるし、そもそも心と口が遠いのか「あー」とか「うー」とか言ううちにタイミングを失ってしまうことも多い。
これは自分らしさなのか、男性らしさなのか。自分も自分に謎めいている。

ちぐはぐ

某会でビールとワイン。
ほろ酔いで体がちょうど良いくらいに温まった。読みかけの小説を読み進めるが、緊迫する状況とほろ酔いで緩慢な頭の動きが、どうもちぐはぐ。
途中まで文章を追いかけていたのに、いつのまにか、思考がストーリーを離れて勝手なことを思い巡らしていた。
一応、思考に飛躍はなくてちゃんと繋がっているはずなのだが、何しろほろ酔いの思考だから本当に飛躍がないかは自信がない。
こうやって書いている文章もほろ酔いで書いているから、果たして意味をなしてるのかどうか。
とりあえず、考えていたことを書き留めると「信と不信」について。楽しい某会と、緊迫する某小説のストーリーから考えたことだが、果たしてしらふでも再現できるかな?

趣向をかえて

いつもと違ったものを聴こうとライブラリーを検索したらFaith No Moreが入ってた。自分で入れたはずなのに覚えがない。しかも、ほとんど聴いたことのない “KING FOR A DAY, FOOL FOR A LIFETIME”というアルバム。
MTVで見て気に入ってThe Real Thingを買い、遡ってマイク・パットンが加入する前のWe Care A Lotを聴き込んだ。なぜかぱたっと熱が冷めて聴かなくなったんだった。
で、“KING FOR A DAY, FOOL FOR A LIFETIME”。懐かしいサウンドだけど The Real Thingよりも音楽の幅が広がっている。それに、マイク・パットンの歌ってこんなにカッコよかったっけ?もっと子供っぽい感じだったような、、、
アルバム通して結構楽しめた。

明けの明星

ここ数日、朝の冷え込みが厳しくなって、連動するように出発時刻の空の色が深くなった。6:00少し前、東の空は赤み強めのオレンジ色に染まる。少し見上げると藍色のグラデーションの中に金星がくっきりと見える。
女神(Venus:金星)なのに、別名悪魔(Lucifer:明けの明星)。前に同じことを考えて書いたことがあったと遡ってみたら、一昨年(2015年)の12/18、東の空の写真とともに全く同じことを書いていた。
星と同じで同じところをぐるぐる回っているってことか。

ひどいデカイ字

「ひどい」と言われるのも話題のうちと割り切っている感じすらあるので、何も言わないのがいちばんの薬ではと思いつつ、やっぱりひどいなぁと呟いてしまう清水寺で袈裟を着た坊さんがデカイ字を書くイベント。共感もなければ納得感もない。大して字が上手いわけでもなく個性的なわけでもない。1995年に始まったというから、さして伝統があるわけでもなく、過去に同じ字が3回選ばれるなどカブリを避ける気もなし。
話題にするのも癪なので、イベントの名称も、今年のデカイ字も書かないでおいた。

『私の幸福論/福田恆存』読了

国内某所へ日帰りの道中に読了。元は「若い女性」という雑誌(なんて名前だ!)に連載したコラムで、昭和30年から31年に書かれたものらしい。女性の社会進出という観点で現在とは前提とする状況がだいぶ違っているので、頭の中である程度補正しながら読まないとならない箇所があったが、ごまかしや妥協なく持論を展開する姿勢に圧倒されて、少し倒したリクライニングシートに背中を預けず、背筋を伸ばして読んでいた。
雑誌のコラムでこの密度はエグいなと思う一方、読む側のモードさえ切り替われば、こういうトーンで語られた方が、わかる・わからないを超えて「沁みる」かもしれない。
「青春について」「自由について」「教養について」の3編が特に良かった。