u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

非から超

昼、コーヒーとドーナツで一息。本棚から引っ張り出した「檸檬の時代」という梶井基次郎の評論の続きをぼちぼち読み進めて、軽い現実逃避のひと時に浸る。そろそろ現実に戻ろうというところで、たまたま目に入ったTLCのCrazysexycoolを大音量で聴く。めっちゃカッコ良い。でも、さっきまで浸っていた世界と違いすぎ。非現実に浸るのをやめて現実に戻ろうというのが、勢いあまってあらぬ方向に現実を飛び越えてしまった感じ。非現実から超現実へ、か。でもその5分後にはちゃんと社会復帰してるんだから、多重人格の気でもあるのかなぁ。

『私の履歴書/桂米朝』読了

姫路での少年期、小学生にして「落語大全集」を愛読していたらしい。これだけ聞くとなるべくしてなった噺家という感じだが、米団治への入門は22歳、それまでに東京で学生生活も送ったし、終戦後は就職もしていたという。

情熱を前面に出す感じの人ではないが、文章からは上方落語の復活に注ぎ込んだ熱が伝わってくる。その熱情は落語からその他の芸能全般へと対象を広げ、また芸能そのものからそれに携わる人々への愛情へと深化していったんだろう。

師と仰ぐ正岡容、落語の師匠桂米団治、愛弟子の枝雀についての文章などからは特にそのことが感じられた。

塞ぎ込みがちになり、高座に穴をあけるようになった枝雀は師匠米朝に「行ってもようやらん」と泣いて謝ったのだそうだ。それに米朝は「私にはそういう経験がない。なったことがないさかい、どないもいうてやりようがないんや」と言うしかなかったのだという。

文字面だけ見ると冷たくも感じられる言葉だが決してそうではない。

大切な弟子をなんとか助けたいが、「大丈夫や」「とりあえず行ってみよう」などと安直な慰めや励ましの言葉をかけたところで芸能に全霊をかける同志には全く無意味だということを身に染みて理解している。そんな中で精一杯寄り添う気持ちを言葉にしたのがこれだったんだと思う。

戦前から昭和中盤までの文化を垣間見ることができるという点でも興味深かったし、著者の高潔さや愛情の深さといった人間味を感じられる点でもおもしろかった。読後感は、じんわりスッキリ。

『2025年の銀行員/津田倫男』読了

信用金庫、信用金庫は全国で400ほどあるそうだ。メガバンク、王手銀行、地銀、第二地銀、信用金庫、信用組合と分類すると、メガバンク、王手が統合再編を進めているのに対して、地銀以下はその動きが鈍い。

すべてが生き残るなんてことは不可能なんだからとっとと統合再編を進めなさい。で、もしあなたが銀行員ならば統合を見据えて身の振り方を考えなさい、といった話。

自分の勤めている銀行がよそと統合した場合、統合した両者のうちどちらが主導権を持っているのか。会長と頭取は単に年齢だけで決まる場合もあるのでわからない。本店をどちらがとるかでもわからない。一方を本店、もう一方を本社とするケースがあるからだ。役員の数も表向きは同じにすることが多いのでわからない。注目すべきは人事部長と企画部長のポスト、あとは次長以上のポストの人数だと。

これで自分の銀行が「主」だとわかったらこうしよう、「従」とわかったらこうしようと続く。

これを読んで「なるほどぉ」とうなずいて実行する銀行員がどれだけいるんだろう?

半沢直樹はフィクションだから、アレの半分か1/3くらいがほどよい」なんてマジメに語っているのを笑いつつ、こういうことをマジメに書いてる本をふだん読まないので新鮮だった。なんなら自分自身が「なるほどぉ」と頷いていたかもしれない。

自己流体操

外で自己流体操をする中高年をたまに見かける。
たいていガードレールか電柱のそばでやっているのは、バレエのレッスンで使うバーや相撲の突っ張り稽古の柱をイメージしているのだろうか。
今朝、なかなかの自己流ジイさんを見かけた。駅近くの踏切で、下りた遮断機をバー代わりにストレッチ。
わきを電車が通り過ぎるあいだも平然とバーを掴んだまま脚を上げ下ろししてストレッチを続け、電車が通り過ぎて遮断機が上がるとその場でしゃがんで屈伸運動を始めた。
線路内に立ち入っているわけじゃないけど、、、
自分も自己流で体を動かしたりストレッチしたりするが、あんな風にならないように家の中だけにしておこう。

弘明寺〜上大岡

快晴。娘は塾に出かけたので妻と散歩。
ふだん行かないところにしようと選んだのは京急弘明寺
駅名だけは知っているから馴染みがあるように錯覚してしまうが、弘明寺には行ったこともなければ下車したことすらない。
改札を出ると東西二手に出口が分かれる。勝手な思い込みで弘明寺はきっと西側にあるのだろうと思っていたが、実際には正反対の東側。
駅から寺までは金沢文庫称名寺くらい離れているだろうという勝手な想像も全くのハズレ。駅のすぐ側が弘明寺だった。
駅と寺はちょっとした坂の上にあって、坂の名前は弘明寺坂。坂を下るとアーケードのある商店街が始まる。
なんとも懐かしい感じのする商店街。
アーケードのある商店街はどこもこんななのかもしれないが、湊川から新開地にかけての商店街にそっくり。
アーケードを抜けると鎌倉街道
そこから上大岡駅までゆっくり歩いて散歩了。
快晴を満喫できた。

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電子レンジ買いかえ

新しい電子レンジが届いた。
今まで使っていたのが突然動かなくなったのが5日前。
2年そこそこしかもたなかったのは安モノだったからではという疑惑に懲りず、今回も同価格帯からのチョイス。
届いた電子レンジを見て娘が唖然とする。
前のは温まり方にムラがあったので、妻があえて回転式のを選んだのだが、レンジの中でトレーが回転するのを見て化石のような旧式を買ったと思ったらしい。
でも調べた限りでは、回転式とフラットタイプは一長一短で、回転式が化石というわけではない。
今度はどのくらいもってくれるだろうか。

タヌキとネズミ

「一日あれば、あれもできるこれもできる」と薄々「皮算用」だとは思いつつ、一応期待を胸に臨んだ一日。

案の定、あのタヌキにもこのタヌキにも逃げられ、「取れぬタヌキの散々だよう」。

「一日あれば」「一週間あれば」「一月あれば」「一年あれば」「一生あれば」と皮算用は、「ネズミ算様」に人の時間を食いつくしかねない。あ、ネズミだから「かじり尽くす」か。