u1row's blog

作曲、演奏、読書、アプリ制作・・・、生きた証を日々更新

Sound Experience を聴きながら

Sound Experienceを聴きながら帰る。16曲入りのコンピレーションで、こればっかり聴いてた時期があった。たしか22、3の頃だつた。
このグループ自体は1970年代前半のファンクバンドだが、90年代のレアグルーブの文脈で再発見された人たち。
ということは自分はまさにレアグルーブの文脈で聴いてたってことで、自分ではそんな風に意識してなかったから、その分いっそう気恥ずかしい。

文脈の渦中にいると、そのことに気づくのは難しい。渦中にあって受ける恩恵、この場合彼らの存在を知ったこと自体が恩恵で、レアグルーブの文脈がなければ、個人的に発掘することは非常に難しかったはず。その恩恵をありがたく受けつつ、渦中に埋もれないことができていたら、もう少し違った表現もできたんじゃないかなと思う。
レアグルーブというのは、単なる一例で、あらゆることについて、自分ののめり込み具合を少し離れて観察する目はいつも持っていたいと思う。

『鈍感な世界に生きる敏感な人たち/イルセ・サン』読了


とても敏感で繊細な人はHSP(Highly Sensitive Person)とカテゴライズされるそうだ。外部からの刺激、音や光といった物理的な刺激に限らず、他人の表情などの社会的な刺激も含めて、そういったものに敏感に、あるいは過剰に反応してしまう人のことを指し、一説には5人に1人がHSPだとも言われているらしい。総じて、HSPの人は内向的な人が多く、自己評価が低くなりがちなんだとか。傷つきやすい人が内向的なのは、ある意味当たり前のような気もするが、逆にHSPでかつ外交的な人も30パーセントくらいいるという。つまりは、今までは"shy"の一言で片付けられていた人たちが、HSPという言葉を知ることで、自分をもう少し正確に同定できるようになるかもしれないということらしい。
自己を規定する言葉を求めている人はたくさんいる。拠り所や属性のない不安は自分の存在の根源に関わることだから当然だろう。HSPという言葉で救われる人がいるなら、このカテゴライズの意義は大きいだろうし、世の中にこの言葉が認知されることで、"diversity"という言葉が、単に性別や人種の多様性をいうのでなく、人の内面の多様性も含めて使われるようになれば素晴らしいことだと思う。
、、、と他人事のような意見を書いたが、冒頭の自己診断チェックをしたら、ブッチギリのHSPだった。
この診断結果を受けて
「そう、世の中は生きにくいのです、僕のようなHSPにとって、、、」
という気持ちもなくはないが、「そんなものに自分をカテゴライズしたくない」という気持ちも強い。
「性別は?」と聞かれて「男だ」と答えるのに葛藤はないが、「お前は何者か?」と問われて「男だ」とは答えない。同じように「HSPか?」と聞かれたら、診断結果からすると「そうだ」と答えるしかないかなと思うが、「お前は何者か?」という問いに「HSPだ」とは答えない。
人間はもっと複雑なんだ。新しい言葉で形容すると、その言葉をすり抜けてもう一階層深いところでアイデンティティを巡る葛藤が始まる。そういうものだと思う。
自分は、男であるよりも、中年であるよりも、日本人であるよりも、HSPであるよりも、もっと深いところで悩む何者かだ。
と、こんなことを言うのは、まさにHSPの特徴らしい。

背景クッキリ

先日「Adobephotoshopで一眼レフ風のぼかし編集を試してみよう」という記事を読んだ。
そもそもカメラについてはまったく素人なので、一眼レフが何なのかもよくわからない。
記事の内容から一眼レフを上手に使うと、狙った被写体が際立ち背景がうまい具合にボヤけるらしいということがわかった。
そこで見よう見まねで、試してみることに。
先日、京都に行った時に北山紅茶館で撮った妻の写真で試してみた。
選択ツールでぼかす部分を選択して、境界線を処理して、フィルターの中から「ぼかし」を選択して・・・・、最後に「適用」をクリック。
できた!
と思ったら、妻をぼかして背景クッキリ。
「あれ?逆かあ・・・やり直そう」と思ったちょうどその時、妻が入ってきて加工画像を見る。
「背景をぼかすつもりが、なぜか逆になった」
と説明したが、「本心が出た」と冷たく言われる。
慣れないことをする時は、失敗しても誤解されない無機物で試すべきだな。

『狂人三歩手前/中島義道』読了

自分は得意なことより苦手なものに執着しがちな性分だと思う。だから数年前、通勤時間が長くなったのを機に本を読み始めたときは「好きじゃないけど読む、じゃなくて、好きじゃないから読むんだ」とよくわからない動機に駆られてページをめくっていた。
そんな初心に立ち返ると、この人の本を読むのは「ルール違反かな」という気がする。
なぜなら、文字を目で追い、ページをめくるのがまったく苦にならないからだ。もちろん、おもしろい作品はいくらでもあるし、あっという間に読み終えた本は、わずかな読書経験の中でも少なからずあった。
でもそういうのとは違って、時々よぎるこれは昨日自分が書いた文章じゃないか?という感覚。
自分が書いた文章を読んでも読書とは言わないだろう。だから「ルール違反じゃないか」という気になる。
ちなみに著者は、こんな風に読者に「私も同じです」と言われるのが堪えられないほどイヤらしい。その気持ちもすごくわかる。きっと「わかる」と言われるのも、どーしようもなくイヤだろう。「わかる、わかる」

接触冷感グッズ

ペット用品で夏に涼しいクッションというのがあった。
接触冷感と言って、素材に触った時に皮膚から生地への熱意移動多いほどに冷感を感じるという理屈をもとに開発した素材だとのこと。
自分が知らなかっただけで、すでに数年前からペット用品に限らず、布団やマットやらといろいろ接触冷感商品が出ているらしい。

それならば、ぜひ接触冷感リュックを出してほしい。
リュックは、両手が自由で、荷物の量ほど重みを感じないところがいい。
でも、これから暑くなると背中に汗をかくのがイヤなのでリュックはやめようかどうしようかと迷っている。
接触冷感で、背中がムレないリュックがあったら欲しいな。

休日の外出

娘のダンスのレッスンで横浜市内某所へ
レッスンの後にランチを食べる
今日は父の日だから好きな店を選んでいいと言ってくれたので、
パスタか、ハンバーグか、オムライスか悩んで、オムライスにした。
2色ソースのオムライス¥950円。

それにプラス、ツボ押しグッズ「かたお」をプレゼントしてくれた。
「かたお」の「かた」は、肩こり解消の「肩」ではなくて、「硬」。
「かたお(硬)」と「やわこ(柔)」の姉妹品らしい。

今日の午後になってまとまった雨が降り出した。
梅雨入り以降、ここまではまったくの「空梅雨」だったが、いよいよ明日から「梅雨空」ウィークか。
今日は「空梅雨」と「梅雨空」の境い目だったのかな。

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ウォッシャー液

先日、車のワイパーの調子が悪いので、いつも車検や定期点検をお願いしているディーラーに見てもらった。
具体的にはウォッシャー液が出ないという不具合。
実は今年の初めにも出なくなったのだが、ちょうど3月に定期点検があったのでその時に注ぎ足してもらったばかり。
これは液がなくなったのではなくて、どこかから漏れているんだろうな・・・
と予想しつつ調べてもらった。
結果は案の定。

で、気になるのは修理代。
持ってきた見積もりは3万円超!、高っ!

こんな時、まったく無意識に関西人気質が前面に出る。
「部品代はしょうがないですけど、技術料はどうにかなりません?
 ついこないだ定期点検の時、ウォッシャー液のこと話しましたよねえ。
 その時にちゃんと見てもらってたら、直ってたわけだし・・・」
と値下げ交渉に入る。

こうやって文字にするとクレームをつけているみたいだけど、全然そうではない。
まず笑顔だし、単に「ちょっとくらいまけてくれませんか?」と言っているにすぎない。
相手もワケもなく安くできないだろうから、いわば親切心で「まける名目」を教えてあげているだけだ。
こっちとしては、
「いやあ、そうは言われましても、実際作業費はかかってしまうので・・・」
などと返してくれれば会話になるのだが、
明らかに引きつった表情で黙られてしまうと、なんか自分がクレーマーの立場を押し付けられたようで居心地が悪い。

最後までちゃんとした回答はなく、なぜかちょっと高級そうなカサを持ってきて「こちらどうぞお使いください」と手渡された。
これで納得しろということか?
ワイパーとカサ、「どちらも雨をはじくでしょう」
って謎かけか?

その後、結局、不具合は直していない。
梅雨入りしたからウォッシャー液がなくても雨の時にワイパーを動かせばキレイになるだろう。
夏になったら考えよう。
もし直してもらうことにしたら、もう一回振ってみよう。
「で、やっぱり技術料要ります?」
今度は、どんな反応が返ってくるだろう?